『オニ』 ~人ならざるもの~
「まさか・・・いや、本当か?」
さすがの男も報告を持ってきた秘書の男に対して疑問を呈した。信頼のおける男の秘書に、男が確認を取るなど、滅多にないことであり、それだけに男の動揺が大きいことを物語っていた。
「1つもか?1つも残らず失敗したのか?」
「はい。失敗、というのとは少し違うかもしれませんが、目的を果たせなかったという意味ではそう言っていいでしょう」
「・・・どういうことだ?」
「撤退を決断したものが言うには、自分達のアジトの位置、構成員の数、物資の調達経路、セーフハウスの場所、ほとんどが把握されていたと」
「バカな!そんなことはありえん。できるはずがない!いや、そもそもそれが正しいとして、どうしてそれを撤退した・・・撤退できたやつが知っている?」
さすがの男も秘書の報告に怒りを隠せずに大きな声で怒鳴った。
「郵送です」
「は?」
「ですから郵送だそうです。自分たちの資金や、先ほど述べた通り、構成員のメンバー、アジトの位置。それが表向きの自分たちの会社に送られてきたと・・・」
「バカな・・・」
そこで、男はようやく秘書の男も恐怖で少し震えていることに気が付いた。秘書であるこの男は有能だ。秘書としてではなく、魔法師としてもSクラスの力を持つ優秀な魔法師。その男の秘書が、得体のしれない恐怖に震えている。
護衛としても有能な秘書が、恐怖に震えていることに、男は自分が思っている以上の動揺を受けていることに気が付いていなかった。
「本当に他の政治家や、第一級霊視官どもは動いていないのだろうな」
「私の知る限り、そのようです。ですが、それだけの情報網を持つ組合相手に、いや、リクという男相手に、正しい情報を得られているか、欺瞞情報を握らされていないか。それはわかりません」
「まさか・・・お前は、リクとかいう小僧が今回の一件を為したというのか?」
「私が最初に工作していた時は、組合にそれほど力があるとは思えませんでした。無論、主の評議員および、第一級霊視官の方々との約束があり、上が動いていなかった。
いえ、動けなかった、というのはあるでしょう。しかし、それにしてもリク第一級霊視官が動き始めてからの対応の速さは尋常じゃありませんでした。いえ・・・」
「ああ。おそらく、その前からだ。リクとかいう小僧はなんらかの手段で事前に情報を収集していた。そうでないとさすがに行動が早すぎる」
「おそらくは・・・リク第一級霊視官は、高位の霊視能力者にしては珍しく、幼いころより、様々な研究機関、警察、農業組合に協力しています。それを使用し・・・」
「ああ。幼いころから使える人間と使えない人間を把握していたのであろう。でなければ、リクとやらが動き出してからの動員されている人数が明らかにおかしい。なにより1人の能力と考えるのには情報収集能力が異常すぎる。しかし・・・・・」
そんな化け物がこの世にいるのか?
男は声にこそ出さなかったが本心でそう思っていた。そしてその時、何故か不意に世界最高の霊視官と呼び声高い、組合の最高幹部(組合では評議員という)でもある、レイジ第一級霊視官のことを思い出していた。
『ほう・・・面白いことを考えているようじゃの。よかろう、やれるものならやってみると良い。それにぬしの提示する報酬もなかなか面白そうであるしな・・・無論、うまくいけば、じゃが・・・』
男は彼や、他の第一級霊視官と対峙した時のすべてを見透かされているような、いや、文字通りすべてを見透かされている恐怖を思い出していた。
「いや、ありえん。リクとかいう小僧はまだ16歳だぞ?あの何の変哲もない小僧があの化け物どもと同じだけの能力を持つと?」
男は、自分が調べたリクの情報や、個人的に自ら観察した時のことを思い出していた。
リクはただの子供、そう男には見えていた。そして、その判断に間違いはない。その時は調査でそう判断していた。
それがどうだ、今のこの現状は。あきらかに調査した時とは別次元の能力、才能、そしてこちらの手段を全て見透かすかのような鮮やかにこちらの手を封じてくる手口。すべてがかつて観察した時とは別者だった。
「まさか影武者か?偽の人物を霊視官であると勘違いさせられていた?いや、しかし・・・」
「ふぉっふぉっふぉ。そんなことはあるまいて。さすがにただの高位霊視能力者であったアヤツに、リクに影武者を立てるほど組合に余力はないのでな」
「なっ!」
「っ!」
気が付けば、部屋の中には1人の男がいた。当然、護衛役でもある秘書が男を守ろうとするが、反応ずらできず、もう1人の侵入者にやられていた。
「レイジ・・・・レイジ評議員。それに・・・その護衛のイザヨイ」
男がそう言うと同時に、イザヨイと呼ばれた仮面をつけた、おそらく女性と思われる人物から殺気が放たれたが、レイジと呼ばれた老人がそれを止めた。
「ふぉっふぉっふぉ。もうよいぞ、イザヨイや。ぬしも有名になったモノじゃのう」
レイジのその言葉に少し不満げにしながらイザヨイはその場から消えた。
「さて、久しいの。名は確か、マサヒト・・・確かそんな名前じゃったか?」
「・・・・フウ。まさか私の名前すらうろ覚えとは。第一級霊視官の方々はいつもそうですね」
マサヒトは内心の動揺とは別に、怒りに体を震わせながら答える。
「別に、いかにヒノモトでは強大なキサラギ州の長官とはいえ、わしらから過ぎれば移り行く景色の1つにすぎんでな」
「確かに、あなた方高位の霊視能力者である第一級霊視官からすれば、私も民間人も差は無いのでしょうね。それで?今日はどういった御用で?」
男、いやマサヒトは、高位の霊視官には無駄であると知りながら、屈辱に心を揺らしながらも、表面上は冷静にふるまった。
「おや?わしの言うことを聞いてくれるのか?これは意外じゃの」
「・・・・あなたほどの霊視官の来訪を無視できる政治家はいないでしょう。望むと望まざるにかかわらず、ね」
「ふぉっふぉっふぉ。昔は変人奇人と呼ばれたものだが、気が付けば周りの評価も変わるものよの。長生きはするものよ」
「今でもその印象は変わりませんがね。それで?どういったご予定で?」
「せっかちな奴よのう。なに、おぬしに良いことを教えてやろうと思ってな」
「と、いうと?」
「お主が先ほどから考えこんでいたわしの・・・一応弟子?になるのかのう?アヤツにはなにも教えることがなかったが・・・まあよい、リクのことじゃ」
「リク第一級霊視官がどうかされましたか?」
「なに。アヤツが今回の一件で正式にわしらの仲間入りすることになった。そのことを伝えておこうと思ってな」
「バカな!いや、しかし、そんなことが・・・」
レイジの仲間入りをする。それは単純に第一級霊視官として組合から認められるのとは次元が違う。つまり、リクは組合の最高幹部である評議員の仲間入りをする。そういう意味だ。
「いや・・しかし、そうか。そういうことですか。つまり今回の一件そのものがリク第一級霊視官を、第一級霊視官として評議員の仲間入りをするのにふさわしいか。それを決めるための出来事だったと。その為に私のたくらみを容認したと。そういうことですか」
「ま、そういうことじゃの」
マサヒトは先ほどまでとは違い、明確に怒りに体を震わせていた。だから霊視官という輩は嫌いなのだ。人が真剣に物事を考えているのにもかかわらず、平気でそれを見透かし、模倣し、簡単に上へと昇っていく。
マサヒトは霊視官を蔑むがゆえに今回の一件を起こしたのではない。逆だ。霊視官が羨ましくて、妬ましくて、そして有能であり力を持ちすぎると危険だと考えたからこそ、組合に圧力をかけたのだ。
マサヒトは拳をグッと握りしめながらうつむいた。
「ふむ、まあよかろう」
「・・・なにがですか?もしかしてまた私を品定めしていいように転がし、遊ぶつもりですか?」
「まさか!心外じゃのう、わしはそこまで性格が悪くはないぞ。わしの弟子はともかく」
どの口が!そうマサヒトは言いたくなったが、負け犬の遠吠えに思えて(実際にその通りであることは認めたくなかった)、なにも言わなかった。
「まあ、先ほどのお主の発言は間違ってはおらんがな。今回の一件じゃが、リクにはこれ以上の攻撃はやめさせる。ゆえにお主も手を引け」
「は?・・・・私は更迭されるのでは?」
「誰がそのようなことを言った」
レイジは呆れながら、顔の前で違う違うと手を振った。マサヒトはその様子に本心から戸惑った。
「わしら評議員も、組合に賛同するものばかりが増えて、組合が腐るのを危惧しておるでの。ぬしはこのままキサラギ州の長官として働くが良い。ただ、これ以上リクに手を出しては、わしもリクを止められんでな。ここらで活動を止めよ。そういうことじゃ」
マサヒトはレイジの言うことを理解するのに数秒の時間を要した。
「・・・・よろしいので?」
「かまわん。ぬしは自己保身や自身の利益のために今回の一件を起こしたわけではなさそうじゃからの。そうじゃろう?」
「それは、もちろん。私はあくまでキサラギ州の長官です。動いたのは組合に経済が依存しすぎている。このままでは組合が暴走した時、組合を止められなくなる。そう判断したからです」
「なるほど?それでどうじゃった」
「どう・・とは?」
「組合は暴走しそうに見えたかのう?」
「いえ、むしろ冷静に、いや、冷静すぎるぐらいの対応に思えました」
マサヒトは内心とは裏腹に、冷静に組合の動きを判断してみせた。それくらいの矜持は彼にもあるのだ。
「じゃ、ろうな。最後に1つ、良いことを教えてやろう。ああ、これはワシからのまあ、礼みたいなものじゃ。あとから取り立てようとは思わんゆえに、緊張せずともよい」
気が付けばレイジは去り、部屋には気絶したマサヒトの秘書と、マサヒトだけが残されていた。レイジが来たときは15時頃であったのにもかかわらず、マサヒトが正気に戻ると空は暗くなり、生温かい夏の風が吹いていた。
「ハ・ハハハ・・・・まさか、そんなことはあるわけがない」
マサヒトは1人乾いた声で笑い、レイジの発言を言葉では否定しながらも、心の中ではレイジの言葉を反芻していた。
わざと言葉に発して独り言をつぶやいたのは、そうしなければ冷静さを保てなかったからだ。
いや、その時点で保てているとは言い難いが、少しでも冷静になろうという自己防衛的な反応だったのかもしれない・・・
『わしの弟子?であるリクはな。同じなんじゃよ、人それぞれ違うとされている思念波の波長が・・・・む?そんなことがあるのかじゃと?いや、わしや、他の全ての第一級霊視官が断言しよう。アヤツの思念波はな・・・・』
「馬鹿馬鹿しい・・・・今更オニの残留思念と同じ思念波の波長を持つものなど、いるはずがない!」
そういいながらもマサヒトの目は恐怖に見開かれていた。
『オニ』
それは多くの市民が思っているような悲劇のヒーローの類ではない。政治家である彼はそのことをよく知っていた。
政治家からすれば『オニ』とは、存在そのものが忌避すべき存在である。あの男は、今の情勢が簡単に変えられないことを早いうちに悟ると、その情勢を変えるために自ら死んでみせた。
そのことを諸国政府が知るのは数十年後の話だ。『オニ』は自身の死後、政府や市民がどう動くのか。その可能性を全てパターン化し、自身の仲間に引き継いだ。
それまでは一切『オニ』に協力する様子すらみせなかった仲間が、自身の死後どう感じるか?それまでも霊視し、予測、作戦に組み入れた。恐るべき戦略家なのだ。
つまり、『オニ』は政府に殺されたのではない。『自分から殺されてみせた』のだ。
自分の死すら利用して、何故そのような行動をとったのか誰にも真意を告げずに、世界を掌で転がしてみせた存在。それが『オニ』が『オニ』。つまり、『人ならざるもの』を称する名前で呼ばれるゆえんだ。
その『オニ』と全く同じ思念波を持つ少年。
その発言は、自身の想像以上にマサヒトに強い影響を与えた。
今までの手口、なにもかもがマサヒトの思い通り推移した。そう考えていたら、一挙に情勢をひっくり返すその手腕。自分自身は大した人物でない、そういう振る舞いもどこか、オニの幼少期と重なるのではないか?
だとしたら自分はなにに手を出していたのか・・・なにをしようとしていたのか?
マサヒトはそこまで考えて思考を止めた。
『オニ』――その存在は、実のところ、彼の卓越した戦略眼から実は秘密裏に一番研究が行われている人物である。そして彼以上の戦略家、そして自身の死さえも利用する策略家は彼以降、当然のことだが存在しないのだ。
マサヒトは護衛の男が目を覚ますまで、1人うなされていたのであった。
ッシャア!!
これで第一章は終わりです!
話そのものは続きますが・・・
いかがでしたか?
このお話でリクは常に「平々凡々に生きる」というのを目標にして描いてみました。
「普通の感性を持つ青年」が、「平凡に生きたい」がゆえに「狂った世界」を「作り変える」「異常な力を持った」
それがこのお話です。
ね?あらすじの通り、主人公が強すぎて事件が起きなかったでしょう?(笑)
少しばかりホラーテイストになってしまいましたが、受けるか受けないかは別として、なかなかうまく書けたのではないかと思います。
第二章の話ですが・・・プロットはありますし、推敲するだけなので投稿するつもりもありますが、少しここで休憩をいただきたいと思います。
リアルが忙しくて(笑)
どれだけ休むかは未定です。
1週間かもしれないし、1カ月かもしれないし3日かもしれません(笑)
まあ、気長にお待ちください。




