『魔想曲』~リクの賢い(?)仕事のやり方~
予約投稿をしているので、今日ではありませんがこれを投稿した日に評価をしてくださった方が!
ありがとうございます!
屋敷につくとまずリビングへと案内された。ハルキは今から主と、魔法が使えなくなった例のご令嬢、それにその母親を連れてくると言っていなくなった。
お茶はお手伝いさんといった感じのおばさんが出してくれたが、基本的に屋敷には人はあまりいないらしい。
それでも魔道具により家事が簡略化、あるいは自動化されている今の時代には、お手伝いや家令、そしておそらく庭師がいるというのは相当の金持ちであることに他ならない。
実際にコウジはいつの時代だよと目を白黒させていた。(若干だが独り言が漏れていることにリクは気が付いていた)
そして、しばらくするとシゲルとはまた違う、これまた和装で威厳のある顔つきの男。おそらくは依頼主であろう。そしてその娘であろう少しきつめな顔つきの、リクと同年代の少女。最後に、若干やつれた雰囲気の母親らしき女性が現れた。
「依頼主のタツヤだ。今回は依頼を受けていただき感謝する。それから妻のサクヤと、娘のヒカルだ」
レンジの言葉に合わせて二人の女性は会釈した。どちらかというと魔法を使えなくなったヒカルより母親のサクヤの方が精神的にまいっているようにリクには思えた。
「霊視官補佐、リクです。今回はよろしくお願いします。それから・・・」
「依頼を仲介しましたシゲルの部下、警察庁職員ミクルです」
「同じく、コウジです。今回は案内役としてまいりました」
「案内、感謝する。キミたちの上司のシゲルさんには後でこちらから改めて礼を言わせていただく」
その言葉に黙礼をしたミクルとコウジを横目に、タツヤはリクのことをじっと見つめた。普通の霊視官なら、人の感情に敏感なので居心地が悪くなったかもしれないが、リクは特にそういうこともないので単に軽く見つめ返した。
「・・・キミは、本当に霊視官なのかね?」
「・・・霊視官ですが、なにか?」
質問の意図を察しながらも、さすがに否定するわけにもいかないので、内心で諦めながらもリクはこたえた。しかし、それ以上に過剰に反応する男がいた。コウジである。
「失礼ながら、タツヤ殿は私の上司があなたを謀っていると思っているのですか?」
若干、怒りを隠しきれない様子で、それでも冷静であろうとした結果だろう。口調は丁寧であるが、言っていることはすごく攻撃的であることをコウジは自覚していなかった。どうもシゲルはコウジという部下に相当慕われているらしい。
しかし、そんなことはリクには関係ない。最初から喧嘩腰の展開に、リクはげんなりとした。
(おいおい、最初からこれかよ・・・勘弁してくれ)
「・・・いや、そのような意図はない。失礼した。リク君、キミにも申し訳ないことをした。謝罪させてほしい」
「いえ、一般的に霊視官がどのような印象を持たれているのか、知らないわけではないですから。一応これが自分の経歴です」
タツヤが謝罪をしながらも自分の力量を疑っていることを感じ取り、リクはこのままでは話が進まないと、一枚カードを切ることにした。
「これは・・・・失礼、詳しく拝見させていただいても?」
「どうぞ」
不本意ではあるがどうやら師匠であるレイジの名前には大きな力があるらしい。そう学んでいたリクは手っ取り早く、自分の霊視能力のランク、師匠の名前、そして今までこなしてきた仕事の経歴が書かれている霊視官補佐の免許をタツヤに提示した。
なお、偽装は厳罰であり、本人の思念波のみに反応する特殊素材が利用されっているので偽造はほぼ不可能である。
「感謝する。失礼、キミは本当に優秀な霊視能力者らしいな」
「いえ、本人確認するのは当然のことですから。それに師匠であるレイジが有名なだけで、私はただの一、霊視官補佐ですから。それでは依頼内容の確認をした後、実際に霊視に入りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない」
詳細は聞いていたが、患者である本人がいる前で説明してもらうのはまた別の意味がある。具体的には高位の霊視能力者であれば、嘘や事実との相違があればすぐわかる、という利点である。
リクは手っ取り早く仕事を終わらせるためにも早速事情を聴き始めることにした。
話を聞き、時折相槌や、質問をしながらもリクは患者であるヒカルだけでなく、話をしているタツヤ、そして疲れた様子を隠そうともしないサクヤも含めて霊視していく。
(なるほど、嘘は言ってないね。家族仲も特段悪くなさそうだ。サクヤさんはかなり疲れているみたいだけど、ただの過労だね。一応確認するけど呪詛の類は感じ取れたかい?ザク、ケン?)
(特にこれと言って感じられないのである)
(同じく。もう大体予想ついているしな)
(ザク、あなたの仕事なのですからキチンとしてください)
(うるせーな、わかっているよ。ミオ姉さん)
人造魂魄たちが念話で会話しているのを聞き流しながら、リクは集中を切らさない。人造魂魄たちに周囲の探索を魔法で指示していない以上、自分が得ている情報のみが彼らの判断の対象になる。
つまり、自分が情報を見落とすと、現状、彼らはその才能を発揮できないのだ。
なお、ザクがミオのことを姉と呼んだのは単純にリクがミオを最初に造ったからである。最初はミオにすべての対応を任せていたのだが、その後転生を繰り返すうちに処理速度が足りなくなり、他の4体が造られたのだ。
「なるほど、事情は大体把握しました。それでは実際に検査の方に入らせていただきたいのですが、できるだけ周囲の思念波の影響を受けにくい部屋に案内させていただけますか」
「わかっ・・」
「嫌です」
タツヤが承諾する前に、ヒカルが食い気味に答えた。霊視官が(というか霊医が)本格的な検査をする際に、周囲の思念波の影響を取り除くため、周囲に人のいない環境で検査をするのは極一般的なことである。
もっともこの世界の住人にとって、急に魔法が使えなくなる、というのは地球でいうところの急に手が一本無くなることとほぼ同義だ。
そんな中で、年頃の少女に、銃(魔法)を持った(ヒカルにとっては)得体のしれない男と、2人で検査室に行け、というのは確かに酷な話かもしれない。
しかし、リクには関係のない話だ。依頼を受けた側である以上、どうしたものかとタツヤの方に視線を向けた。ここで本来責を受けるべきは、人に依頼しておきながら事前にヒカルのことを説得していなかったタツヤに原因がある。そう判断したからだ。
もっとも、それに一番大きく反応したのは、タツヤではなくサクヤだった。
「こら!ヒカル。せっかく来てくださった霊視官の方になんてことを言うの!」
「別に、私が頼んだわけではありません」
「なっ!」
ワナワナと今にも叫びだしそうにしながらサクヤが次の一言を言う前に、タツヤが割って入った。
「よさないか!二人とも客人の前だぞ!」
その一言で二人は険悪な雰囲気ではあるが、ひとまず口喧嘩を人前でするのはみっともないと思うぐらいには理性が戻ったようで、静かになった。
ハア、とため息をついた後タツヤが言った。
「サクヤ、少し疲れているようだから部屋に戻ったらどうかね」
「なっ!なんで私が!」
「ヒカルは診察してもらわなければならないからね」
味方と思っていた夫に思わぬ反撃を受けた。いかにもそんなふうな顔をしながらも、これ以上ここで取り乱してはいけないと思ったのか、それとももうこんな場所にいたくないと思ったのか、サクヤはヒカルを睨みつけた後リビングを去った。
「それで?どうすればいいかね。部屋が必要とあれば、別に部屋を用意するが?」
その言葉に今度はヒカルが表情を硬くした。
(火に油を注ぐ人だな・・・有能そうなのに。いや、社会で有能な人が家庭で無能なんてよくある話か・・・)
普通に酷いことを考えながらも、リクはこたえた。しかしそれも今までの流れを考えれば仕方のないことであろう。
「いえ、ヒカルさんがこの状態では、霊視も上手くいかない(霊体が怒りの感情で乱されているため)でしょうから・・・すこし落ち着きましょうか」
リクは一度場を落ち着かせることにした。
(リサ、頼む)
そう『芸』を司るリサに指示を出すと、リクは芝居がかった様子でパチンと指を鳴らした。
リクが指を鳴らすと同時に、この世界でスタンダードな曲がリサのアレンジをへて流れ始める。
最初はあっけにとられていたタツヤ達だったが、そのうちに文字通り曲の魔力に魅了されたのかヒートアップしていたのが嘘のように落ち着き始めた。
(さすがリサ。楽器もないのに完璧な演奏、完璧な魔想曲だったね)
(恐縮です)
数分後、曲が終わると同時に1人だけ平常心を保っていたリクが話始めた。
「落ち着きましたか?」
「あ?ああ・・・そうだな・・・落ち着いた、と思う。少し冷静さを欠いていたようだ。感謝する。ほらヒカルも、失礼なことを言ったのだから謝りなさい」
若干の戸惑いを残しながらもタツヤはそう言った。今度はヒカルも素直に頭を下げた。
もっとも、実際に謝罪した、というよりは何が起こっているのかわからずに、といった感じではあったが・・・
「(ひとまず落ち着いたか・・・)では、ヒカルさんも、魔法が使えない状態で初対面の私と二人きり、というのは嫌でしょうから、簡単な検査から始めましょう。今、検査道具を準備しますので少々お待ちくださいね」
そう言いながら、カバンの中から市販の(とはいえ、霊視官以外がまず使うことのない)道具を取り出しているリクをみる周囲の目は、複数のグループに分かれていた。
単純に目の前で起こっていた諍いをすぐさま止めて、場を安定させたことに対する驚愕や関心の目。これはコウジのものだ。
リクが行ったことに気が付いて警戒する目。これはミクルの視線だ。
そして、もしかしたらリクならヒカルの症状を改善できるのではないか、というヒカルとタツヤの期待の目である。
(これは・・気が付かれたか?)
(そのようですね。しかし、この世界でも一流の音楽家なら意図せずに行使している技能ではありますし、その手の発表された論文もありますから、そこまで世界に対する影響はないかと)
(俺自身への影響は?)
(現時点ではなんとも言えませんが、特にないでしょう。しらばっくれるのが最適かと)
(それしかないか・・・)
内心でため息を漏らしながらもリクは、ミクルの訝し気な視線に気が付かないふりをしながら準備を続けた。
『魔想曲』。それは音とともに思念波を飛ばし、他者の感情に干渉する、一種の精神干渉魔法である。
とは言え、前述のとおり、一流の音楽家たちは意図せずにその技術を行使していることも少なくないし、論文化されている内容でもあるのでそれほど問題はない、はずである。
リクにとって問題なのは、意図的に『魔想曲』を演奏できるのではないか?そう思われることだけなので、文字通りしらばっくれるのが最も簡単な解決策であることは間違いない。
(どちらかというと、空気を直接振動させて演奏する魔法スキルの方に突っ込まれるかもしれませんね・・・)
(あっ・・そうか、この世界ではうまい人なら可能ではあるけど・・・)
(一般的ではありませんね)
ミオはざっくりと切り捨てた。
(ま、まあ!ほら!俺が音楽好きなんてことはミクルにはもう知られているし!金がない時に練習したとでもいえばいいでしょ!
実際拡声魔法や伝達魔法、秘匿通信用の魔法では空気の振動を増幅したり、自分で音をおこして情報を伝えたりするのは昔からあるしさ!)
(前者の2つはともかく、同じ技術を用いている後者の魔法は一般的とは言えませんが・・・まあ、知らなかったと言えば、私たちなら他の霊視官に見破られることはありませんから大丈夫でしょう。
単純に『魔想曲』として使用しなくても、使える魔法ではありますから、手札が一枚増えたと考えるのが良策かと。それより周囲に不審に思われないようにそろそろ仕事に切り替えてください)
(だよな、りょーかい)
若干慌てながらもリクは検査に移るのであった。