かつて自分の生まれた家
昨日は2話連続投稿です。
まだ読んでいない方はそちらからどうぞ。
数日後、リクの姿はミクルと、シゲルの部下であるコウジとともにとある豪邸の前にあった。ちなみにコウジはおちゃらけたミクルのことが嫌いらしく、性格も(ついでにいうと髪型も)お堅いようである。
コウジはシゲルがつけた案内人だ。
リクが1人で言ってはすぐには信用されないかもしれないと、シゲルが(ミクルにとっては心外な)気をきかせてくれたのだ。なお、ミクルは非番なのにおもしろそうだとついてきただけである。
すでにリクはコウジとの挨拶を済ませているが、その時もリクの方が年下であるにもかかわらず、コウジはきっちりとした対応をしていた。
同じキャリアとはいってもナギサとは全く違うタイプであるようだ。
またコウジはシゲルからなにかリクのことについて話を聞いているような挨拶をしてきたが、リクは深く考えたくなかったので、軽く流している。
話を戻すが、リクとコウジは豪邸の前で一瞬あっけにとられていた。一方でミクルは来たことがあるのか、慣れた様子でドアベルを鳴らした。なにせ門からは立派な、地球でいうところの純和風の庭園が見えるだけで建物が見えないのである。
(もっとも距離がそれだけある、というよりは防犯用に周囲から家の中をみえないように庭園の木々を配置しているというのが正しい)
しかしリクとコウジが驚いている理由は大きく異なる。コウジが驚いているのは単純に敷地面積の広さと庭園の素晴らしさに、であるが、リクが驚いている理由は・・・
(俺の昔の家じゃねえか!どんだけ続いているんだよ!)
(住所を聞いた時から予想していたことではないですか・・・)
若干あきれながらサポート用の『知』を司るミアは念話で答えた。
(それでもさ、単純に驚くだろ)
(子孫繁栄を喜べばいいのでは?)
リクが依頼で訪れた家。それはかつてリクがこの世界で生まれた時の子孫の家があった場所なのである。そして、シゲルの説明から察するにかなり長い伝統ある家らしいので、かつてリクの生まれた家であることは間違いない。
ちなみに、リクは結構同じ世界に転生することを経験している。
しかし、たいてい自分の子孫がどうしているかなどわからないし、興味もなかったので調べていない。というか、調べるだけ時間の無駄だとあきらめている。
基本的にわからないことの方が多いし、長く子孫が続いていたとしても、それだけ長く続いたということは、それだけでしがらみが多くなっているということだ。
そのため下手に関わると面倒なのである。なお、理由は不明だが、同じ世界に転生するのは基本的に最低でも5回以上の転生を経てからである。
(うわ、ろくな予感がしねえ)
リクがこの前この世界に転生したのは50回以上前であり、その時の自分と言えば・・・
(あー、考えたくねえ。自暴自棄になっていた時期、ではねえな。馬鹿みたいに暗かったのはもっと前だし、俺その時なにしていたっけ?)
(リク様の歴史を考えれば、それほどはっちゃけていた時ではありませんし、さほど問題ないのでは?)
(・・・俺の歴史、ではなく、一般的に考えた場合は?)
(確か、その当時は体のスペックが高かったので、それ以前の人生で障害を持っていた人生が続いたこともあり、有頂天になっていましたね。
いわゆる天才と呼ばれてからは、恥ずかしくなったのか、落ち着いていらしたかと・・・20代ですでにそこそこ落ち着いていたと記憶していますが?)
(それでも黒歴史には変わりねえじゃないか!もう俺の黒歴史は文字通りすべて歴史の彼方に消えたと思っていたのに・・・)
ハアっとため息をつきながらリクは迎えを待った。
「オイオイ、始まる前からため息かよ。頼むぜ?リクさんよ」
さすがにこの調子で依頼主に会われてはたまらないのか、ミクルが慌てながらも、からかうように声をかけた。
「わかってますよ」
リクとミクルが話しているうちに迎えであろう和装の老人が現れた。
(ああ、そういえば、リサが和装にこだわっていた時期だったっけ)
簡単に漢字一文字で『芸』や『知』などと言っているが、実は各人造魂魄たちがカバーしている知識は、広範囲にわたる。
例えば『食』のミサであれば、食にかかわることは何でも。つまり料理だけにとどまらず、農業、水産業、酪農、農具の作成、はたまたそれが高じて治水までと、様々な知識を集約しているのだ。(当然、一部知識は他の人造魂魄と兼任している)
『芸』を司るリサであれば、服飾や、音楽、建築など、とにかくリクの知りえた知識の中で芸術にかかわるものすべての知識を集約し、研鑽させているのだ。
「本日来客予定の、リク様方一行ですね。主より話は聞いております。どうぞこちらへ」
和装の老人はそう言うと、リクたちを敷地の中へと案内した。
(きれいに管理されてはいるけど、物珍しさはないかな)
(魔法的なトラップも対応範囲内のものばかりです)
(そうか、ありがと。ケン)
(いえ、それが己の仕事なれば・・)
(わかっているとは思うけど)
(下手に能力を見せつけすぎないように、ですな)
(そう。むしろやりすぎないように、情報が漏れないようにサポートよろしく)
(心得ております)
『戦』の人造魂魄、ケン。彼の仕事はどちらかというと武力転用可能な技術を外部に漏らさないことにある。
戦闘に使用可能な技術はその世界に既存のものでなくてはならない。それが様々な世界を旅するうえで、リクが自分に貸した制約だ。
一方、どうせまた転生するとはいえ、簡単に死ぬ気もないので戦闘時に最低限の補佐をする。それが彼の役割である。
(本当に病の類ではなく、そのお嬢様の敵がいると仮定して、仮に呪術の類で力を落としている場合、そいつらからすると俺は目の上のタンコブだな。
特に今のこの家がどうかは知らないが、かつての内情を考えると・・・)
(警戒レベルを一段階引き上げます。それと並行して魔法で情報収集能力を強化しますか?)
ミオがそう提案してきたがリクはそれを断った。
(いや、今のこの世界の魔法技術はそれなりに発達しているから、下手なことをして記録に残したくはない。単純に過去の類似事例を参考に最良のサポートを頼む)
(かしこまりました)
(まあ、すでに別の霊医(医療分野において霊視能力を生かす霊視官のこと。魔法の暴発が多い患者の治療や、身体強化の能力が低く病気がちな患者の治療にあたる専門家。世界共通資格である)による調査では、なんの妨害もなかったらしいから大丈夫だろうし、なにかに気が付いても単純に後日、シゲルさん経由で報告すればいいだけだから下手を打たない限り大丈夫だろ)
(そうですね、リク様が感情に任せてなにかしない限り、大丈夫でしょう)
(おい、さりげなくディするな。まあいい、ケンに加えてザク。お前もよろしく)
(承知)
(ケン1人で十分だろ、まあ分かったけどよ・・)
『医』を司る人造魂魄、ザク。彼は精神医学の分野で、戦場での精神安定も司っているケンと、担当分野がかぶっている。なお、ザクが一番面倒くさがり屋な性格だ。
もとはさして性格に差がなかった人造魂魄たちだったが、気が付けば人格が発達していたのだ。
そうして、念話で人造魂魄たちと会話していたリクだったが、警戒度を若干上げていたこともあり、すぐに案内の老人の興味深そうな視線に気が付いた。
「えっと、どうかしましたか?えっと・・」
若干、年相応に戸惑ったふりをしつつ、リクは老人に尋ねた。
「失礼。そういえば名乗っていませんでしたな。家令のハルキと申します」
「これはどうもご丁寧に、今回依頼を受けたリクです。それで、ハルキさん。どうかしましたか?」
「いえ、高位の霊視官と聞いていましたが、ああ、失礼。周囲には遮音障壁を魔道具で張っていますので、盗聴は大丈夫です・・・
話を戻しますが、私が今まであったどの霊視官とも雰囲気が違うものですから」
「そうですか?普通、だと思いますけど」
リクは高位霊視能力者であることをばらされたことは不快だ、と演技をしてみせ、ハルキの返答に表情を戻してみせた。(無論、遮音障壁の存在は先に気が付いていた)
家令のハルキはその様子を興味深そうに眺めながら、話し続けた。(この世界ではぶしつけな視線は無礼であるという感覚があまりない)
「それが珍しいのでございます。普通、高位の霊視能力者で、それも孤児であれば、その・・・変わっている人が多いですから」
若干言葉を濁してはいるが、リクには言いたいことが伝わった。
高位の霊視能力を持つ子供は、その性質上、他人のぶしつけな感情に触れて育つので屈折しやすいのだ。そのため霊視官には変人、奇人が多いと言われているし、それは間違ってはいない。リクの周囲の霊視官もそうだ。
誰でも心を読まれるのは恐ろしいものなので、時に本来子供を保護するべき大人たちが、高位霊視能力を持つ子供に恐怖を抱くことがある。その大人たちの恐怖心をダイレクトに受けて育った彼らは、基本的に人間嫌いが多いのである。
もっとも、リクにしてみれば、人間の感情の醜いところなど知り尽くしていると言っていいぐらい人生経験豊富だ。300回も転生しているのだ。もはやなんということは無い。
霊視能力の訓練を、それこそ赤子のころから暇に飽かせてしているので、高い霊視能力を持ち、上述の理由で傷つくことすらない。
一方で平々凡々に暮らしたいとはいえ、わざわざ他人からの評価を下げることもないと思っているので、他の霊視官のように人間嫌いに思われるようなことはせず暮らしている。
平々凡々に暮らすのが目標とはいえ、そこは『普通』にこだわっていないのだ。
「はあ、確かに知り合いの同僚には変わった人が多いですね。私の師匠などその最たるものですし・・」
「あのお方をそこまでコケに・・・失礼悪く言えるとは・・」
ハルキの驚いたような表情に、若干うんざりしながらリクは言った。
「普通に考えて、師匠ほどの変人は珍しいと思いますが?」
「いやはや、これは確かに大物ですな。リク様。どうかお嬢様のことをよろしくお願いします」
ハルキは霊体の状態から察するに本気でそう思っているらしい。そのことにうんざりし、心の底から師匠が尊敬されている理由が理解できない。そんな表情をしながらリクは、憮然とした顔つきでハルキの言葉にうなずいた。
ここで何度も出ているリクの師匠の話をしたいと思う。そもそも大抵のことは教わる前から知識を持っているリクに師匠などほとんど必要ない。
しかし、新しい情報を期待して(300回目の人生の今、たいていは徒労に終わるが)、また不自然に思われないようにリクも最初は人から学ぶ。つまり異常なことはしないということだ。
今世においては、それなりに文明が発達しているので、当然のごとく高位の霊視能力をもつ子供は他の子どもたち以上に金をかけて育てられる。
その制度の1つが霊視官の徒弟制度である。簡単に言えば高位の霊視能力を持った子供は、これまた高位の霊視官に育ててもらいましょう。そういう制度である。
そしてリクの担当の霊視官が、師匠。ことレイジである。リクからしてみればレイジは社会不適合者、変人、奇人、とてつもなく嫌な奴。といった言葉でしか言い表せないほど嫌な奴なのである。
しかし、これがどうしてか、社会からの評価は反面、高い。
もちろん、今まで成し遂げてきた業績を考えれば、すごい人であるのは間違いない。それは今までのリクの経験から考えても、確かに正しい。だが・・・
(師匠はどう考えても、ただの変人だろ)
師匠であるレイジには学んだことよりも、迷惑をかけられたことの方が多い。それははっきりと断言できる。にもかかわらず、レイジの評価は社会的に高いのだ。
(なあ、俺の感覚、なにかしら麻痺しているかね?)
(((((ありえません、正常です)))))
普段口調や意見が違う人造魂魄たちが異口同音に賛成した。それほどにレイジは変人だと思うのだが・・・
(俺が創ったからって、お前らが俺の感覚に引っ張られている、わけないよな)
(あるわけないだろ。ぶっ飛ばすぞ)
と、ザク。
(ありえないのである)
と、ケン。
(ん、ありえない)
とミサ。
(ありえませんね)
とリサ。
(単純に高位の霊視官、というものに恐れをなしているだけでしょう)
とミオ。
(だよなあ・・)
本当に理解できない。そんな思いを胸にリクは屋敷の中へと進んでいくのであった。