カナデの日記
彼の演奏を、彼の歌を、初めて聞いた時の衝撃を、感動を、そして敗北感という名の絶望と恐怖を、忘れることは2度とないと思う。
ならばこの日記をつける必要はないとも考えたのだが、このままでは興奮して眠れそうもないので、落ち着くためにもこの日記を書きたいと思う。
『リクの喫茶店』――1年A組のそういう企画で楽器も使わず魔法ですごい音楽を奏でた男子生徒がいるらしい。最初に聞いた時はなんの笑い話かと私は思った。
楽器もなく魔法のみで優れた演奏をできるほどの魔法師がいるわけがない。
それはつまるところ、魔法で空気の塊を動かす風系統の魔法とは違う。空気を振動させる魔法などもはや別の魔法技術だからだ。
無論、不可能ではない。音を出すことぐらいならできるし実際に『音響爆弾』という魔法も実用化されている。しかし音楽を奏でるのとは全く別の話。
そう思ったからだ。そしてその判断は彼の演奏を聞いた後でも決して間違いではないと思っている。要するに、彼の魔法は既存の風魔法と同格に扱うべきではない。そういうことだ。
どちらにせよ、最初に聞いた時は彼の演奏を知らなかったので当然、私は与太話の類だと思っていた。
そして、その場では当然、気にも留めなかった。自分の出番もあったしファンに応えなくてはならない。この判断は妥当だったと今でも思っている。
しかし、キサラギ祭のミュージックフェスにエントリーもしていないのに、投票で2位にランクインされたと聞いた時はさすがに驚いた。
3位の生徒は、性格は合わないものの、演奏技術は素晴らしく、いつも私と1位を競い合う仲だった。
その生徒が、まともに準備も練習時間もとっていないはずの(これは後から聞いた話だが、本当に練習していなかったらしい。嘘だと思ったが、練習後の演奏を聞かせてもらえた今、本当だと頷かざるを得ない)リクという一年生に負けたのだ。
しかし、その時点でも私の心には余裕が・・・いや、慢心があった。学祭レベルで私に勝てる人などいるわけがない、プロの両親の伝手を用いて最高の環境で訓練している私に、勝るものなどいない。そういう慢心だ。
そしてそれは結果としては間違いであることを知り、私は自身の浅はかさが恥ずかしくなった。
私が思っていた以上に世界は広く、音楽は自由だった。そしてまた、素晴らしい芸術家たちがたくさんいたのだ。
そして、1曲目、冒頭の一小節目。鳥肌が走った。二回目のAメロでは戦慄が走った。
圧倒的演奏技術に魔法技術。もし彼が自分なりにアレンジして演奏していなかったら、録音したものを流したのだというバカがいただろう。それほどまでに本物と変わらない、いや本物の、実際に演奏し歌っているプロ以上の実力者が、そこにはいた。
しかし、彼の実力はそんな甘っちょろいものでは無かった。完璧に模倣し、自分なりに少しアレンジを加える。その程度のレベルでは彼はなかった。
彼は、彼自身の音楽性、それもちゃっちなモノではない。私が知りうる限り、まだ年端もいかない、若輩ものとはいえ、親の伝手で数多のプロの演奏を見てきた私の、だ。
彼以上に音楽に造詣の深い人物はいないのではないか。彼の曲を聞き終わった時にそう思ったし、そしてその印象は今でも変わらない。なにより私の直感が、彼はまだこんなものではないと、そう告げている。
しかし、この時点ではまだ、私には舞台に立つだけの気力があったともう。その気力も2曲目の演奏で木っ端みじんにされたのだが・・・
『雷鳴』――五年ほど前に発表されたその音楽は、カッコよさもさることながら、難度がかなり高い楽曲である。それなりに時間のたった今でも好きなファンは多いだろう。
しかも驚くべきことに、彼は観客の中から演奏してほしい曲をリクエストし、結果としてミュージックフェスで3位の名前も呼びたくもない男子生徒の悪知恵で『雷鳴』を演奏することになったのだ。
しかし、彼は動じなかった。最高のサウンド。一般的に伝統ある音楽業界では邪道とされる打楽器。それを魔法で奏でながら、彼は文字通り『雷鳴』を、本物の『雷鳴』以上に『雷鳴』らしく演奏してみせた。
型破りでありながら、どこか理知的な音楽性を感じさせる彼の演奏は、瞬く間に観客を興奮の渦へと巻きこんだ。
この時にはもう、私は崩れ落ちていた。こんな素晴らしい音楽は聞いたことが無い。そういう『感動』と、完全に負けた。そういう『絶望』が私を襲った。
そして、それ以上に、彼の後に演奏しなくてはならないという『恐怖』が、瞬時に私の体の自由を奪った。本当に座って彼の音楽を聞いていてよかったと思う。そうでなくては、文字通り私は崩れ落ちて、彼の演奏の邪魔をしていただろう。
そして、そんな『絶望』に捕らわれた原因が彼であるならば、私を自由へと解放したのも彼だった。
「まさしくタチの悪い男のやる手口だよね」
キサラギ祭の帰り道、そう親友のアヤメは言っていたが、確かにその通りかもしれない。
『ツバサ』――彼がそう言って歌い始めた曲は文字通り私を自由へと誘った。
彼のように演奏したい!歌いたい!もっと音楽を勉強したい!こんな!これほど人の心を感動させる音楽があっていいのか!そして、それ以上に、彼と共演したい!
感情が山のようにあふれ出し、気が付けばアヤメに無理を言って、彼との共演を認めさせていた。
あの時の私は、思えば彼にずいぶんと失礼なことを言っていたと思う。完全に表情はこわばっていたと思うし、今思え返せば第一印象が最悪だったのではないかと恐ろしい。
だが、考え始めると暗くなりそうだし、それ以上に先に彼との共演について書きたいから、もうそのことについて書くのはやめようと思う。
私の予想に反して、意外にもすんなりと共演を受け入れてくれた彼との演奏は、とてもエキサイティングでスリリングなものだった。
『伴奏だけ頼む』――そんな失礼な依頼をした私に対する当てつけか?最初はそう思ったが、今ではそうではないことがわかる。
彼は私以上に私の限界を見極め、私をさらにもう1つ上のステージへと押し上げてくれたのだ。
いつもとは違う伴奏、もはや注意していないとどこから始まるかもわからないほど原曲を留めていなかった彼の演奏は、私の知る曲とは別のものになっていて、とてもカッコよく、それでいて不思議と歌いやすかった。
簡単にサポートしてくれた、私にあわせてくれた。そんな甘っちょろい伴奏ではない。
この曲のことを理解しているのなら、こういう風に歌った方がカッコ良くない?こっちの方がもっとカッコよくなると思うんだけど?キミならどう歌う?
彼の演奏はいわば、そういう挑戦状だった。そう、私は今でも思っている。
演奏後、彼に文句を言うと、「でも、先輩ならできると思ったので」と、なんとも生意気な返答が帰ってきて、思わず笑ってしまったぐらいだ。
霊視官という人たちは全員あんな感じなんだろうかと邪推してしまうほどだった。
その一方で私は彼に共演してくれたことに対し、最大級の感謝を伝えた。すると彼は笑いながらこう答えた。
「感謝するぐらいなら、先輩がプロになった時にコンサートに呼んでくださいよ」
やはりなんとも生意気な後輩である。しかし、彼の挑戦的な演奏と、言葉に与えられたのか、柄にもなく、私は
「必ず呼ぶ」
などと答えてしまった。普段の私からすると、赤面ものだが、不思議と嫌な気分ではない。
もっと練習して、もっと新しい音楽を開拓して、さらに自由に、さらにむこうへ。私は最高の音楽を探し続けるだろう。あの瞬間、私はそう決めた。
そして、必ず彼を私のソロ演奏で満員にしたコンサート会場に呼び、彼に私のことを認めさせ、その上で彼との共演を申し込む。それが今の私の一番の目標である。
思えば、プロの両親に当てられて、「プロの音楽家になる」――そう、幼いころから言っていたものの、自分から「プロになりたい」――そう思ったのは初めてかもしれない。
なんにしても高校最後のキサラギ祭で最高の後輩を私は持った。
願わくは、本当に彼と腕を並べ、ともに大舞台で共演できることを、私は望む。
7月22日 自宅より、生意気な後輩。リクとの再共演を願って




