霊視官の戦い方
翌日。7月22日。リクたちのクラスの喫茶店は昨日に引き続き盛況だった。いや、盛況すぎた。
(我が主よ。すまないが少しいいかね)
(なんだ?ケン)
(うむ。少し不穏な気配を覚えてな。すこし霊視範囲を広げてみてほしい)
(わかった・・・・これは?)
(おかしいですね。すぐに対策を取った方がいいかと)
(そうだな)
「シズクさん」
「何?なにか手順間違えたかしら?」
「いや、この場を少し任せていいかな。それとヒカルも借りたい」
「見ての通りかなり忙しいんだけど?」
「リク?どうかした?」
不服そうな顔をしたシズクだったが、リクとシズクの会話に入ったのはリクの孤児院の卒院生のランだった。
「ああ、ちょっと。いやな予感がしてね、ラン姉さん。可能なら悪いんだけど、喫茶店の方少し手伝ってもらっていい?」
「ちょ、お客さんよ?リクの知り合いらしいけどさ」
「大丈夫だよー。お姉さんに任せなさい。それに、リクがこういう時はたいてい当たるし、碌なことが起こらないから、気を付けた方がいいんだよ。ささ、リクのクラスメイトのみんなー、助っ人に入らせてもらうよー」
ランの言葉にリクが第一級の霊視官であることを思い出したのか、シズクは少し青ざめながらも了承した。ヒカルもその間に代わってくれるクラスメイトを見つけたらしい、リクのそばに来ていた。
タイミングが良いというかなんというか休憩中のはずのタケルとミクもすぐ近くにいた。
「なんか見えたの?」
「うーん。今のところは問題ないはず・・なんだけど。あ、皆さんは落ち着いて『リクの喫茶店』をお楽しみください。何もさせませんから。タケル、お前は店をたの・・」
リクがそう言おうとした瞬間、廊下の方がざわめいた。いかにもガラが悪い3人組がリクたちの店の方へと来たのだ。
「おうおう。ここが『リクの喫茶店』かぁ?いかにも貧相な店だぜ!」
その瞬間クラスメイト達が殺気立った。もともとAランクの高位の魔法師たちだ。戦闘訓練も欠かしていない以上、好戦的な生徒も多い。なによりあれだけ練習して全員で一丸となって準備した喫茶店を馬鹿にされたのだ。怒らない方がおかしい。
「お客様?他の皆様のご迷惑になりますので、声を小さくおね・・」
気弱そうな外見と裏腹に、芯の強い性格をしているハクが、気丈にもガラの悪い3人組に話しかけたが、その瞬間3人組のうちの1人がハクの腕をつかんだ。
「ウッせえなぁ。お?意外にかわいいじゃん。ちょっとこっち来いよ、お前」
「ちょっ、イヤです。やめて!」
「ああん?俺は客だぞ!」
「ふざっ!」
男子生徒が切れそうになったその瞬間、一番早くキレたのはヒカルだった。ハクの腕をつかんでいた男の腕を、気功術の『筋力強化』で強化しながらつかんだのだ。
「お客様?この店はそのような店ではありません。女の人と飲みたいのであれば別の店に行った方が賢明かと」
「いた、ちょっ、てめ、痛いって。放せ!痛い、マジでやめっ」
「ヒカル!」
リクの静止でヒカルは目に涙を浮かべている男をゴミでも見るかのような目で見ながら、手を離した。
「フンっ」
「てめっ!」
それに対してもう1人の男がキレそうになったがリーダーの男が止めた。
「おいおい。お嬢ちゃんよ、どうしてくれんだぁ?連れに怪我させてくれてよ」
「はあ?!それはアンタ等が!」
「ヒカル!いいから下がれ」
リクはヒカルが下手な言質を取られる前に、手首をつかんでいったん下がらせた。
「申し訳ございません。お客様。しかしヒカルが言うことももっともです。今日はもうお帰りいただいた方がよろしいかと」
リクは事態の全貌をつかみつつあったが、詳しい情報を得るためにあえて頭を下げてみせた。
「はあ!ふざけんじゃねえぞ!こちとら怪我しているんだからな!慰謝料よこせや!!」
ヒカルに腕をつかまれた男が言った。
「そうだな。お?よくみればこいつは第一級霊視官のリク様と、その護衛の気功師のヒカル様じゃぁないですか。大不祥事ですなぁ。護衛が民間人に怪我をさせるなど」
「ええ、本当ですよ、ボス」
その言葉にヒカル、だけでなくクラス全員がキレそうになったが、リクは3人組の前に立ちながら、手でそれを制した。
「ええ、本当に。ヒカルはけんかっ早いところがありまして、申し訳ありません」
リクはにこやかに頭を下げた。その余裕のある態度に不満そうにしながらもリーダーの男は言った。
「つまりは、てめえの部下に非があることを認めるわけだ。この落とし前どうつけてくれるんだ?」
「はい、それはもう。しっかりと対応させてもらいますとも。では何をお求めで?」
「・・・百万だ」
「はい?」
「慰謝料に百万よこせって言っているんだよ!」
「ふざけんな!」
「そうだそうだ!てめえらが先に手を出したんじゃねえか!」
ついにクラスメイト達が声を上げた。さすがに魔法を使わないだけの理性は残していたようだが、店の客たちも殺気立ち始めている。ざわざわとした空気が広まる中、リクは1人、数秒間無言になった後、いきなり笑い始めた。
「・・・・・っプ!クックック、ハッハッハ」
それはまさに爆笑という感じで周囲のクラスメイトと客はあっけにとられていた。
「てめぇ。なにがおかしい!」
自分たちが馬鹿にされたことに気が付いたのであろう。低い、怒りのこもった声でリーダーの男は言った。
「ハッハッハ」
それでもリクは笑い続けた。そして3人が怒りから魔法を発動する寸前リクは言った。
「ハー、おかしかった。まさしく三下のセリフだな」
笑いが止まったリクは、先ほどまでとは打って変わって、路傍のゴミを見るかの視線を3人に向けながら挑発した。
「なんだと!」
「だから三下のセリフだって言ったんだよ。おっさん。仲間が傷つけられたのに慰謝料で百万だと?!
アホか!ちっせぇやつらだなぁ、おい。俺なら最低でも、加害者とその仲間全員社会的に抹殺するね。つまりアンタらのことだよ、おっさん」
「てめぇ!」
リクはわかりやすく3人組を挑発してみせた。相手からまだ何もしていないリクに手を出させて、リクと3人組の間でリクの正当防衛を成立させつつ、3人組から情報を得やすくするためだ。
案の定、3人の1人がリクに殴りかかってきたが、リクは逆に合気道の要領で関節技を決めた。それをみてリーダー格の男がなにか言う前に、リクは言った。
「おおかた、各所で問題を起こして警備の人員をそちらに回させる。手薄になったところで本命の俺に喧嘩を売るってところか。馬鹿にしちゃぁよく考えた方だが、ま、俺には通じんよ」
その言葉にリーダーは目を見開いた。表情から情報を与えるその時点で、リクはあきれた。その上で3バカがなにも言いそうもないので話を続ける。
リクはただ話し続けるだけで、バカどもの霊体の反応から相手の情報を、真実を把握する。クラスメイト達も含めた周囲の人々は全員、霊視官の恐ろしさの片鱗を理解し始め、少し気圧された。
ただ、これは霊視官の恐ろしさというより、リク個人の恐ろしさである。300回もの転生をして知識を蓄え、力をつけると、こういうバカどもに痛い目を見せられることも過去にはあったのだ。
だからこそ、リクは一度敵と判断した相手には容赦はしない。中途半端に情けをかけるとリクではなく、身内に次の犠牲者が出るからだ。
「うちのクラスに喧嘩を売ってからの手順はこうかな?問題を起こし、俺を脅す。うまくいかなければクラスメイトを挑発し、暴発させ魔法で戦闘を起こす。しかし、お前らは捕まらない。そうだろ?」
男たちの顔つきが一瞬で青ざめた。ばれて・・・いや、目の前でリクにすべて見抜かれつつあることにようやく気が付いたのだ。
「なあ、アンタ。その幻影符どこで手に入れた?・・・なるほど?思念波の乱れから察するに、スポンサーがいるな?・・・・ああ、やっぱり。」
リクの言う通りだった。幻影符を用いて魔法を発動すれば魔法を使った人物が誰かわからない。それを逆手にとって、男たちはリクを騙し、霊視官としての信用を失墜させるつもりだったのだ。青ざめている男たちをよそにリクの独話は続く。
「この計画もお前が発案ではないな?大方言われた通りのことをしているだけ・・・やっぱり何も知らない三下か。おおかた組合の力がうっとうしくなった政治家か、実業家が裏にいるってところか。・・・・なんだ、やっぱりそこまでは詳しく知らないのか。
俺の一級霊視官としての地位を落とし、霊視官に対する不信感を国民に募らせる。どこぞの勘違い野郎が考えそうな手だな。霊視能力は高くても経験のない俺なら単純に騙せるとでも思ったのか・・・なんにしても不愉快だな」
「っつ!」
逃げなくては。そう思ったのか、あるいは恐怖からか、男たちは足止めにと客に向けて魔法を放ったがそれはタケルに防がれた。
タケルはキレそうになる自分をよそに、最初にリクが言おうとしていたことを忠実に守っていたのだ。タケルは霊視官としてのリクとはあまり付き合いがないが、リクとは子供のころからの付き合いだ。思うところがあったのだろう。
そして、逃げようとした3人組をとらえようとしたヒカルだったが、その前に決着がついていた。ほかならぬリクの手によって。
「・・・『電鎖捕縛結界』・・・いつの間に」
ヒカルは思わずといった感じでつぶやいた。リクが発動させた魔道具が何かはすぐにわかった。それはかつて、自分がツカサにかけられたものだからだ。
「ふざけんじゃねえぞ!お前!こんなことしてタダで済むと・・・」
「思っていますよ?逆に問いたい。あなた方は第一級霊視官であるリクに喧嘩を売って、ただで済むと思っているのですか?先ほど言ったでしょう?私がどんな手段を用いても、あなた方を社会的に抹殺させます。」
3人組の最後のあがきに答えたのは、この場にいないはずの女性の声だった。
「ツカサさん。すみませんお休み中に」
声の主はツカサである。
リクはヒカルがキレている間にツカサに電話をかけて情報を伝えていたのだ。
「構いませんよ。それにこれはお手柄です。リク。最近、どこぞの馬鹿どもが組合に喧嘩を売るために幻影符を流出させたようなのですよ」
その言葉に一部の客の顔がこわばった。幻影符が流出する。先ほどはリクの霊視能力に畏れて事態をきちんと把握できていなかったのだ。しかし、二度話を聞いてようやく事態の深刻さを彼らは理解したのだ。
仮に幻影符が魔法犯罪に使われた場合、犯罪者の特定ができなくなる。そうなれば社会の秩序はいとも簡単に崩壊する。これはどんなに発展した社会でも起こりうる危険だ。
「では?」
「ええ、すでに警察の方にも連絡を取っています。少し遅れてそちらにも増援がいくはずです。すみませんリク。囮役の馬鹿どもも、なにか知っているかもしれないとのことで、全員今捕まえている最中なので少し時間がかかりそうです」
その言葉に3人組は青い顔をさらに青ざめたが気にする者はいなかった。完全にリクの放つ怒りに周囲は支配されていた。
「そうですか、ではこのまま待ちます」
「その必要はないよ。リク君、ツカサさん」
その場に表れたのはシゲルとミクルだった。ミクルの方は若干やつれた顔をしているが、リクは気にしないことにした。
「シゲルさん。あなたが来たのですか?」
警察でもかなり地位のあるシゲルの登場にリクは少し驚いた。しかし事件の規模を考えればそれも当然かもしれない。ただそれにしても初動が速すぎる。リクは不思議に思ったがそれは勘違いだったらしい。
「なに。休日に少し覗くだけ・・・のはずだったのだがね。とんだ休日になってしまったよ。まあ、この後のことは私に任せると良い、ミクル」
「はい!」
ミクルはすぐに答えると即座に3人組に魔封じの手錠をかけた。どうやら未だにリクへの襲撃の件で怒られてこき使われているらしい。
ミクルが3人を捕まえたことを確認すると、リクは結界を解いた。
「さて、では私はすぐに本省に戻らなくては。魔法の発動者をごまかせる幻影符が流出していたなどというのは、文字通り大事件だからな。即座に対応をするので民間人の皆様は冷静な対応をお願いします」
最後の言葉は周囲の民間人へとむけたものだ。その言葉に客たちは一様にうなずいた。
「さて、と」
「ひっ!」
3人組も護送され、ようやく落ち着いた店内だったがリクが周囲を見回すと小さい女の子の客が小さい悲鳴を上げた。
「す、すみません!」
リクの先ほどまでの対応を見ていたからであろう、少女が恐怖するのも無理はない。しかし、それ以上に過剰に反応して、すぐに母親が女の子をかばった。
「いえ、大丈夫ですよ。当然のことだと思いますから」
そう言いながらも少し寂しそうに笑ったリクだった。しかしリクは、そこで良いことを思いついたので一計を案ずることにした。
「ご来店の皆様には、不愉快なものを見せてしまい、誠に申し訳ありません。1年A組を代表しまして、リクが謝罪させていただきます。さて、その謝罪にというわけではありませんが・・・」
リクはそういうと2つの魔法を発動させた。
瞬間。ポタンという、パンケーキ用のシロップや果物のソースがこぼれる音と同時に、シロップとソースが空に舞った。それと同時に、どこからともなく音楽が流れ始める。これも当然、リクの魔法だ。
『流体操作』。『サウンドメイカー』――前者はありふれた魔法ではあるが、水に不純物が入っていると難度がかなり上がる魔法だ。しかし、リクはそれを事もなさげに使って見せた。それに後者は完全にリクのオリジナル魔法である。
音楽に合わせて空中を泳ぐ、色とりどりのソースでできた蝶や花。幻想的な光景に、先ほどまでの空気が一変、お客さんや、そしてクラスメイト達までもその光景にくぎ付けになった。
「わあ!凄い!」
「魔法ってここまでできるものなのか?」
「奇麗・・」
口々に感想をもらしながら、人々はその光景に見とれていた。
(ありがとう、リサ)
(ふふふ。いいんですよ、私は『芸』を司る者。人々を芸術で魅了するのが、私に喜びですから・・・)
リクはリサに感謝した。
もう大丈夫かな・・・リクはしばらくしてそう判断すると、最後に店内のお客たちの皿の上に、果物ソースで絵を描いてみせた。
「僭越ながら謝罪の証として、今店内にいる皆さま限定で果物ソースを増量させていただきます」
「わあ!」
「すご」
「絵うまーい」
リクは先ほど悲鳴を上げた女の子の方へと行った。
「大丈夫かな?もう怖くない?ごめんね、怖い目に合わせて。はい、これ。うちのクラスの企画を楽しんでいってね」
リクはそう言いながら、水分を飛ばすことで飴状にしたソースで花を作って少女に差し出した。
少女は先ほどまでの恐怖はどこへやら、ニパッと笑うとこういった。
「ううん!大丈夫!ありがとう!お兄さんの魔法、すっごく奇麗だった!」
「そっか、ありがとう。お母さんも、うちの店のパンケーキ楽しんでいってくださいね」
「は、はい」
少女の母親は未だに戸惑っているようであるが、そこに先ほどまでのような恐怖は無かった。
その光景に、店内のどこからともなく拍手がなり始めた。リクは気恥ずかしくなって一度裏に引っ込んだが、お客がお客を呼び、忙しくなりすぐに店に戻されたのは言うまでもないことである。




