知識と技術を極めるということ
昨日短かったから今日は長めです
あまり一般には知られていないことではあるが、霊視官というのは美食家や一流の料理人にも負けないほど料理がうまい人が多い。
理由はいくつかあるが、大きく分けると基本的に3つに分けられる。
1つ目。霊視能力によって食材の良し悪しを見分けることができる。
これは料理中も言えることで、普通の料理人が10年以上かけてようやくたどりつく食材の目利きの技術や、火加減などの見極めを、彼らは霊視により一瞬で覚えてしまう。
2つ目。単純に農家や酪農家、漁師たちと仲がいいため、いい食材が簡単に手に入る。
リクが農業試験場で研究に協力しているように、霊視官たちも一次産業にかかわっている人たちが多い。
と、いうか、人を見るより精神的に楽だし、生産者たちも霊視官には敬意を払ってくれる方々が多いので、そちらに携わる霊視官も多い。そのためリクのように嫌がらずに警察関係の人間関係が複雑な仕事をする霊視官は重宝されるのだ。
これはごくごく普通に考えれば当然のことで、生育状況や病害を早い段階で見抜き、教えてくれる霊視官を蔑視する生産者はいない。
というかいなくはないが、そういう人たちは周囲の生産者にフルボッコにされる。高位の霊視官になると天気もある程度読めるので漁師からも尊敬されているのだ。
3つ目。上記の二点に付随するような形になるが、農家や漁師つながりで、霊視官のすごさを知った一流の料理人が、霊視官に試食をお願いする場合が結構ある。霊視官の方も普通においしいごはんを食べられて嬉しいので、結構お呼ばれしている。
その食事会に師匠が弟子を参加させることも多いので、結果的に彼らは幼少のころからかなり良いものを食べていることが多いのだ。
そんなわけで霊視官たちは一次産業の生産者たちからや、料理人たちからかなり慕われている。
昔、霊視官を馬鹿にした政治家が、とある気骨のある一流料理人に来店を断られ、腹いせに圧力をかけてその店をつぶそうとしたところ、霊視官やその周囲の生産者、および料理人たちから総スカンをくらい、圧力を実際にかけようとした会社は倒産、次の選挙でその政治家も落選したというのは笑い話のような本当の話だ。
霊視官が国に対して強い影響力を持っている理由でもある。
そしてそれらの例に漏れず、リクも(というか様々な世界でいろいろな料理の知識を得ている『食』のミサがいるのだから当然でもあるが)かなりの料理人であり、美食家だ。
結構いろいろな世界で料理人として働いていたこともあるので、料理は別に嫌いではない。むしろミサはいろいろな人に料理を食べてもらうことを好いているし、リクも別に嫌いではない。嫌いではないのだが・・・・
(どうしてこうなったし・・・)
リクはクラスメイト達の圧力に負けて、調理室で1人、料理の準備をしていた。手伝いを名乗りに上げる女子もいたが、リクがとりあえず最初はいいと断ったのだ。
そして、面白そうに、そしてリクの作るお菓子に期待しながらワクワクとリクの作業を見ているクラスメイト達に対し、むくむくと不満が込み上げてきた。
料理は嫌いではない。だが、自分のペースを乱されるのは、リクは大嫌いなのだ。
(・・・ええい!こうなったらヤケや。ミサ、本気で料理すっぞ)
(・・・いいの?)
(俺が許す!)
(ん、わかった。本気。久々の全力、嬉しい。ありがと、リク)
普段が無口なミサが念話で珍しく嬉しそうな声を出した。
(ミオは・・)
(はいはい。わかりましたよ。ミサが料理に集中する代わりに技術の流出防止担当ですね)
(頼む)
(ん、ありがとミオねえ)
(いつものことです。それに、生き生きとしたリク様をみられて私も嬉しいですから)
(おい、誤解のある表現をするな。俺は)
(はいはい。「ヤケになっただけ」ですよね。わかっていますって)
(そうか・・・んじゃ、いっちょやりますかね)
(ん、久々の全力。楽しみ)
そしてリクは本気で料理を開始する準備をする。料理に使う魔法の流れを思い描き、イメージトレーニングを始めたのだ。
その瞬間。リクの纏う空気が変わるのを、ヒカルたちクラスメイト達は確かに感じた。それまで騒がしかった空気が、リクの発する思念波によって一瞬で静まり返った。
そして数分後。リクが言った。
「それじゃあ、ちょっと本気出すから。みんな静かにしていてね。音も重要な料理人の感覚だから」
そしてリクが調理を始めた。道具と材料を使いやすい位置に配置し、リクの中でなにを作るか決まった・・・瞬間。唐突にリクの魔法が発動した。
なにを作るかわからなかったので、アヤメが用意した食材と調味料はかなりの量と種類があったが、それらが調理道具とともに宙に浮き、一斉に下ごしらえがされていく。
使っている魔法はただの風魔法と水魔法。それはわかる。水魔法で果物などを洗い、風を操って食材や道具を浮かして切っていく。1つ1つの魔法の規模は大きくない。それどころか必要最低限の無駄のない魔法で食材が下処理されていく。
小麦粉は一切舞うことなく風で攪拌され、玉がなくなると同時に瞬時に砂糖などの調味料が加わっていく。もちろんリク自身も包丁を使いながら、食材を切っていく。その速度も尋常ではない。
周囲のクラスメイト達が呆気に取られている間(タケルも呆気に取られていた。リクのことを昔から知る彼でさえ、さすがにリクの『今の』本気は、見たことが無かったのだ)に、下ごしらえは開始から10分とたたないうちに終わり次の工程に移る。
教師も、そしてリクの次に霊視が優れているであろうハクでも(だからリクの『霊医』としての技能が高いことに気が付いたのだ)、リクがいくつの魔法を発動しているのかわからなかった。それだけ高度で繊細な魔法が複数発動している・・・ように、見えていた。クラスメイトや教師たちには。
そして、ある程度たった段階で、ハクが気付いた。
「嘘・・・まさか・・・・そんな・・・・これってもしかして・・・全ての作業工程を1つの魔法として定義して発動している?」
その言葉にリクの周囲の人間すべてが声を失った。
(もっとも、最初から声を出していいような雰囲気ではなかったし、ハク以外声を出している人もいないので結局は同じことだった)
物体を浮かして操る風魔法は、確かに、ある。しかし、それには繊細な思念波のコントロールと高い霊視能力、そして当然高い集中力が必要とされる。なぜなら、物体自体が持つ魔力波長で思念波が乱され、魔法の発動が妨害されるからだ。
そして、それほど難度の高い魔法を、ハクの気が付いた通り、複数の魔法として処理するのではなく、1つの魔法としてリクは行使している。
つまり、1つの作業工程が終わった時に思念波の影響下にあった物質――今回の場合は空気と水――を、一回自由にして思念波の影響を解除する(当然だがこちらの方が一般的。処理が少なく楽なため)のではなく、操り続けている。
これの何がとんでもないことなのか?それは現代の魔法技術の進歩の歴史を見ればわかる。
現代におけるたいていの魔法は、そしてすべての攻撃魔法は、最初に加速して後は、物理的に飛んでいき当たるのに任せるという方法がとられている。これは、魔法の処理にかかる負担を低減するためである。
それに対し、リクの魔法は常に一定の量の空気と水を操作し続けている。新しい魔法を発動するときに発生する余計な思念波が、食材に与える影響を最小限にするためである。
つまりはよりおいしい料理を作るために、リクは『超』高難度の魔法を発動し続けているのだ。
当然このふざけた技術は、先ほど述べた通り、現在の魔法技術の進歩と逆行している。
リクの使っている魔法は、常軌を逸した集中力と魔法技術がなせる業であり、文字通り常人のなせる業ではない。リクが、もっと言えば、ミサという人造魂魄のバックアップを受けたリクだけが、可能な御業であるのだ。
閑話休題。ここで現代魔法の話が出てきたので、それについてもう少し触れておきたいと思う。
人間は普通、楽をしようとする生き物であり、そのために技術や知恵を発達させるものだ。ゆえに当然、現在の魔法技術は如何に楽に、そして普遍的に誰でも使えるようにするか。という進歩をしている。
100年まえは、属人的な特異技術としか言われていなかった『火』の魔法属性を、操れる人がいる。という例から見てもそれは明らかである。
しかし、リクの魔法はどうか?先ほど述べた通り、リクのソレは、明らかにそれとは真逆の考えを、それも妄信的に突き詰めたものであると言わざるを得ない。
おいしい料理を作るためなら、美味い料理のためなら、なんでも、どんなことでもする。リクの魔法はそういう妄執が生み出した魔法なのだ。
もちろん、クラスメイト達は、それにこの世界の住人は誰もリクが異世界転生をする過程で、料理を極めようとしていることなど、リクが持つ妄執など、当然知らない。
しかし、直感的に、リクの料理が普通ではないことを彼らは悟り、寒気を覚えていた。
そしてその考えは正解だった。
『食』を司る人造魂魄。ミサ。そして一時期自分の『生』が終わらず、地獄のような世界でかなり自棄になっていたリク。その2人は、かつて居たかつてのある世界で文字通り、料理のために、人を殺したことがある。
自分たちの農園を荒らした軍や国家に激怒し、国を滅ぼし、何千、何万という人間を虐殺したのだ。
最終的にリクは捕まって殺されたが(どうせ生き返るのだからと、一時期自分の生にリクは頓着していない時期があった)、その記憶は、人々に世代を通して受け継がれた。その世界では悪いことをした子供をいさめるための童話として広まっているほどだ。
そんなリクの不穏な過去の気配を感じクラスメイト達は怯えたのだ。
ベストな食材の切り方。ベストな食材の火入れ。食材への適切な思念波による干渉、それによって引き起こされる味の変化。時間経過による食材の変化。調味料が食材に与える影響。
それらを視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、それに人類最高峰の霊視能力を用いて判断していく。最高の手順で、最高の手段で、最高の料理を作る。リクは現在、そのことだけに集中していた。
そして50分後。リクのすべての作業が終わると、クラスメイト達と教師の、そして、いつの間にか周囲で呆気に取られてみていたアヤメをはじめとした生徒会の面々の分も合わせた数のスイーツが出来上がっていた。
「どうぞ。いつの間にか増えていた方も含めて、全員分あります。召し上がりください。出来立てが一番おいしいですから」
いつまでたっても呆然としている周囲に、リクは如何にも当然といった態度で食べるように促した。
「お、おう。そうだな。おい、お前たち。席に就け。せっかく作ってくれたのだから、いただくとしようじゃないか」
年の功というべきか、一番早く再起動したリングが全員に言った。
そして生徒たちは戸惑いながらも、席につき、自分の分を見つめた。
ゴクリ。
おそらく全員の喉がなった。先ほどまではリクの作業に呆気に取られ、そしてどこかで緊張していた。
だが、今のリクは先ほどまでのような鬼気迫る思念波は放っていない。それもあって全員気が緩んだのだろう。改めてリクの作った皿を前にすると、この世のものとは思えないほど馨しい香りと、美しい見た目に圧倒されている。
「な、なあ。これホントに試食なんだよな?金とらねえよな?」
1人の生徒が思わずといった感じで言った。これほどまでにおいしそうなスイーツを目にしたことが今までなかったのであろう。それに同意するように周囲の視線がリクに集まるが、リクは笑って言った。
「いいから早く食え。金なんかとらねーよ」
にこにこと笑いながら後片付けをするリクに、何か裏がありそうだとヒカルとタケルの二人は気が付いた。
しかし、それでもリクの一品に耐えられなかったのだろう。ほぼ全員が一斉に一口、食べた。
「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」
言葉は、なかった。
全員一瞬でリクの料理の魅力にとらわれたのだ。口の中のものがなくなったと気が付くまでに数秒の時間を要し、そのあと一斉にまた食べ始める。
ある程度食が進んだ後、ようやく1人の生徒が感想を言った。
「は、ははは。私が今まで食べてきたものって何だったんだろう」
「・・・・これ変なものは言ってないわよね?止まらないんだけど?」
「ならクレ。俺が食べる」
「馬鹿じゃないの!あげるわけないでしょうが!!」
「・・・・(無言で食べ続ける音)・・・・」
1人の生徒が感想を言ったのを皮切りに、次々と生徒たちが感想を言っていく。
リクはその様子を笑いながら見つめていた。中にはおいしすぎて泣いている人(というか教師。50後半でもう涙腺が緩いらしい)もいたが、リクはそれも嬉しそうに見ていた。
がやがやと食べ続けるクラスメイト達をよそに、リクも自分用のものを食べ始める。
「うーん、この程度か」
(最近大人数分の料理を作ってなかったから、少し鈍ってる)
(確かに・・・及第点ではあるけど、もう少しおいしく、そして早く作れたよな)
リクは最初の一言が周囲にもれていたことに気が付かないまま、ミサと自分達の作ったお菓子についての反省をし始める。
一方でクラスメイト達は「誰だ!罰当たりなことを言うやつ!」と思い、それがリクだとわかった後、「これでまだ足りないのかよ!」、と呆気にとられ、その後その中でも察しの良い一部の生徒が青ざめた。
「な、なあ。俺らってアイツの指揮の下で、アイツの名前を冠した喫茶店を開くんだよな?」
「「「「っ!」」」」
「うん、だな。それがどうした?うまいもの食えていいじゃねえか」
大半の生徒たちは察したが、一部の鈍い生徒たちは聞き返した。
「あほか!料理中のアイツを見ただろ!あんだけバカみたいな技術をもつリクの元で俺たちが働くんだぞ!絶対ドSだぞ!リクのやつは!」
その言葉に聞き返した生徒も青ざめたが、しかし一抹の希望を込めて言った。
「い、いや。あんだけの技術持っていたら俺ら足手まといだから・・」
「当然、俺1人じゃ作業量が多すぎて霊体障害(魔法の過剰使用によっておこる霊体の異常)おこるから、みんなも手伝ってくれるよね?」
その言葉に壊れた人形のように、ギギギギと音を立てながら、クラスメイト達は声のした方を向いた。当然、発言者はリクである。
リクは今までクラスメイト達に見せたことが無いくらいいい笑顔で話し続ける。
「なにせ、『俺の意向を無視して』、『この俺の名を冠した喫茶店』を開くことにみんな賛成したんだものね。あれ?どこに行くのかな?アヤメさん?」
「は、ハッハッハ。リク。久しいな。料理をありがとう。いや、なに。これから用事があったことを思い出して・・」
匂いとリクの料理技術につられてちゃっかりとこの場で試食していた全ての元凶であるアヤメを、リクは止めた。
「その後に当然俺たちの手伝いを全面協力してくれるんだよね?まさか。もちろん。あなたが、みんなに入れ知恵したんだものねぇ」
「うっ。そ、そうだな。当然生徒会としても協力しよう。しかしだな、さすがに1つのクラスに肩入れするわけにw・・・」
「あ゛?」
アヤメは逃げようとしたが、リクの一言で逃げようとしていた体を急いで180度回転させ、リクに話し始める。
「い、いや。もちろん。快く協力しようじゃないか。生徒会としても文化祭で料理が足りなくなるのは困るからな」
アヤメは引き攣った笑顔でそう言ったが、リクは先ほどの(怒りの意思を含んだ)声はどこへやら、さわやかな笑顔で応対する。
「うん。ありがとう、それでこそ同じ孤児院のよしみだね(孤児院でどれだけ俺に迷惑かけたかわかっているんだよな?あぁん?)」
「いっ、今何か物騒な副音声が・・・い、いや。もちろん、リクは同じ孤児院出身だしな。はっはっは。とりあえずどんな支援が可能かこちらでも検討してみよう。それではな」
「うん。くれぐれもよろしく(バックレたらぶっ飛ばす)」
「あ、ああ・・・不穏な副音声が聞こえた気がしたが・・・いやなんでもないとも!ではな!」
アヤメはそう言うと逃げるように去っていった。
いつの間にか試食会に参加していて、これまたすぐに消え去ったアヤメとリクのやり取りを、クラスメイト達は終始無言で怯えながら見ていた。
しかし、リクはそんな様子に一切気が付いていないかのように、クラスメイト達に話し始める。
「さてみんな?これからはキサラギ祭までずっと(ほとんどの生徒が青ざめた)お菓子作りの練習だね?ああ、大丈夫。練習の材料代は俺が出すし、メニューの素案もある(その言葉で一部の女子が顔をしかめた)。
だけどもちろん。作りたいものがあったらもちろん言ってくれて構わないからね?その分みんなの練習が多くなるけど。(瞬間、そのような女子はいなくなった)
なにか意見は?(ぶんぶんとクラスメイト達が全員首を振った)そう、ならみんなで(一部の生徒が悲鳴を上げた)頑張ろうか。ね?」
「「「「「「「「「サー、イエッサー」」」」」」」」」
その場に立ち会った担任の教師はのちに言った。
「今までたくさんの生徒やクラスを見ていたが、あれほどこわ・・・威厳のある生徒は見たことが無いし、まとまりのあるクラスは今後もないだろう」と。
リクの楽しい(そしてクラスメイト達にとっては地獄の)お菓子作りの訓練が始まろうとしていた。




