千紫万紅
シンデレラサイズ、モデルサイズとは上手く言い換えたものだと、靴屋を見て思った。
モデルとは、単に背の高い人を言うのではなく、顔やスタイルのいい人間のことを言うのだとわかっているのに。
幼少期、兄弟の影響でバレークラブに入り、それから大学……いや、社会人になっても会社のバレーチームに所属するほどバレー漬け。
そのおかげか、それとも遺伝子の問題か、私の身長は男を超える。
縦に長いだけならまだしも、バランスよく横にも大きく、普通の人間を拡大したような外見だ。おかげで服が見つからず、靴だって女物はなかなかない。
今まで恋した男達からはデカ女と呼ばれ敬遠され、アラサーになっても男性経験ゼロだ。
これでスタイルや顔がよかったならまだ見込みはあっただろうが、バレー部のくせに胸がなく、部活のルールでベリーショートだった私に希望はない。
顔は地味で不細工。化粧で多少どうにかなるかと思ったが、それもささやかなものだ。
私はもう、男とどうにかなることを諦めかけていた。
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「は……? ここどこ?」
昨日はいつも通り自宅のベッドで寝たはずだ。目が覚めたら自宅のベッドで起きるはず。
なのに、ここは全く見覚えがない。
高いビルは七色に輝き、まるでラスベガスのようにどこもかしこも眩しい。まだ夜のようで、空は真っ暗。地上が明るすぎて星があるかは確認できない。
がやがや、ざわざわ。雑踏と喧騒に飲み込まれそうになる。その誰もが私には一瞥もくれない。そりゃあ地味だけどさ、流石に目立つだろう。
群衆は皆派手で、顔も体型も服も髪型も華美だ。ただ、不思議なことに男しかおらず、その男が派手に着飾っているのだ。
スカートやハイヒール。身長がみんな小さいのが気になるけれど、それを踏まえてもかなりの美形揃いだ。化粧もとても似合っている。
お、おかしな世界にきてしまった。
せめて女がひとりでもいれば……と周囲を見回してみても、やっぱり派手な女装男子しかいない。
「えっ……も、もしかして……女の子……? なんでこんなところに……」
低い声が私を呼び止めた。振り返ると、化粧や女装こそしていないものの、かなり派手な美形がいた。
「わ、私だって知りたいよ! ここどこ!? なんで男ばっかりなの!? なんでみんな派手なの!?」
声をかけてきた男はしばらく黙ると、私の手を掴んで走った。
重厚な扉を超え、華美さの欠片もない空間に出ると、男はやっと私の欲している情報をくれた。
「記憶喪失なのか何なのかわからないけれど、女の子が雄の開放区になんてきちゃ駄目だよ。君の奪い合いが始まったらたちまち人口が減っちゃう」
それから彼は教えてくれた。この世界は私の世界でいうところの、魚や虫、鳥のような男女観なのだそうだ。
地味で巨大な女と、寿命が短く派手で小さい男。
男は繁殖期のみ生きることを許され、己の遺伝子を残すために女に自分の美しさをアピールする。同じ女に目をつけた男と競い、敗者は殺される運命にある。
運よく女と性交することができても、精を放つと同時に死が訪れる。子孫を残して死ぬか、残さず死ぬか、どちらか一方ならば、女に好かれるように生きる。
男の寿命は三十歳まで。一方の女は百年はある。その間に女は人類の発展のために尽くし、働き、よく子を産むのだそうだ。
三十歳までのうちに発情期が何度か訪れる。その時に女を探して男とバトルになるか、引きこもってやりすごすかは自分次第。でも、若くして死んでも構わないと思うほどに彼らは女を求めている。
女は女王蜂のような地位につき、男はひたすら尽くす。男に地位はなく、人として扱われているかどうかも疑問だ。それでも彼らは女を敬愛し、求め、身を焦がして果てる。
セミのように恋に焦がれて命を燃やし鳴き続け、ホタルのように光輝き女の目を奪い、クジャクのように派手に彩り、カマキリのようにその肉体を女に捧げる。ひらひらと舞い、愛を囁く。
発情期は男女同じ時期に訪れる。性交ができれば必ず妊娠し、出産する。
男は子の顔も見ることなく命が果てるが、それを人生の目標にしている。
「……って感じなんだけど、もしかして本当に異世界人? そういう漫画とか流行ってるけどさ」
「……男の地位ってそんなに低いの? 命使い捨てじゃん」
私の知る限り、いつの時代も覇権は男にあった。トップに立つのも指導をするのも、働くのもみんな男。家を継ぐのも男だった。
でもこの世界では違う。少ないはずの女が全てだ。なぜなら男に力も体力もなく、寿命も短いからだ。
「うーん、僕達はそれが普通だけどなぁ。ほら、君が最初にいたところみたいに、短い人生を楽しめる場所も用意してもらってるし。……そういえば君、女の子にしては小さくて可愛いね。異世界人ってみんな小さいの?」
「私は女の中ではかなり巨人に分類されると思うけど……ここの女性ってどれだけデカいの」
「うーん、君より頭ひとつ半以上は大きいかなぁ」
関羽かよ。何を食べたらそんなに大きくなるんだ。それを考えると目の前の男はかなり小さい。小動物系の女子高生ぐらいだ。
他の男もみんな百六十あるかないかぐらいだった。
だから女装が似合うんだろうなぁ。私がスカートはいても似合わないもん。特にミニスカートなんてはいたらバッキバキに鍛えた脚が丸見えで厳しい。
「それに、こんなに細くて頼りない感じで……。大丈夫? ひとりで生きていける?」
生まれて初めてそんなこと言われた。女とは思えないほどの高身長マッチョだから、今までゴリラとか散々言われてきたのに。
もしかするとここの女性はみんな北斗の拳に出てくるようなルックスなのかもしれない。お前みたいにデカいババアがいるか! って感じで。
「顔もかなり可愛いし。このままだと君、男にすっごく群がられるよ。そろそろ繁殖期だから、君の取り合いになっちゃう」
いわゆる逆ハーレムというやつか。ここの男はみんな綺麗な顔をしているから漫画みたいな酒池肉林になることだろう。
それより、私が可愛いって、ここは美醜逆転世界なのか。
「女の子の見た目は地味なのが当たり前なんだ。子供を産むことに特化しているから、必要な機能以外削ぎ落としてるの。たくさん産めるように身体も強くて大きいんだよ。男はたくさん産めそうな女の子のことを好きになる。でも、君みたいな子は珍しいからみんな気になるかも」
男が化粧をして、女が働く。貞操観念逆転世界ともまた違った、独特な世界。
私はこれから先どうやって生きていけばいいのか。
「まずは女の子がいるところに連れて行ってあげるよ」
それから彼は女性専用の居住区に私を連れて行った。科学者や考古学者などの有識者達が私のことを調べて、それから私には戸籍のようなものが与えられた。今日から私はここの住人になる。今までいた世界に未練がないと言えば嘘になるが、元の世界よりも科学が進歩している分住みやすいここに慣れるのにそう時間はかからなかった。
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私がここに住み始めてから一年近く経とうとしている。季節はちょうど春の始まり、この世界の人間の発情期だ。
私は今まで彼らの発情期を見たことがなかった。一年に一度しかないそれを見るには、その季節まですごさなければいけない。発情期が終わってすぐぐらいにやってきた私は、発情期がどんなものか知らなかった。
主権を握る女性達は皆質実剛健で、理知的だった。冷静で決断力があり、力強く逞しい。私が知る世界の男によく似ていた。身体的特徴に女性らしさはなく、大きくて筋骨隆々だった。その外見で論理的思考の理系なのだから驚きだ。
勿論化粧ともスカートともヒールとも無縁で、人に見せられるような状態ではなかった。
……でも、あの綺麗な男達から山程アプローチを受けるんだろうな。何せ男は子孫を残すことだけしか考えられないのだから。アプローチに失敗したら、無駄死にしてしまうのだから。
「怖いなら奥の部屋に隠れていればいい」
そう言われ大人しく従ったが、好奇心を抑えきれず、広間に出てしまった。
そこで見た光景は圧巻の一言だった。
まるでゾンビウイルスを放たれたラクーンシティのような有様だった。男には皆自我がなく、悠然とというよりも怠惰に近い動きで女性に群がり首筋に噛み付く。
圧倒的物量にかなわず、力があるはずの女は皆男に埋もれ苦しんでいた。
女性を中心にした山のひとつが動いた。女性が交わるたったひとりを選んだのだ。
女性は身体から出た棘のようなもので他の男を貫き、選ばれた男は本能に従い女性を貫いた。
私から見ればほんの一瞬の出来事だった。男はぶるりと震えると、そのまま力尽き倒れた。女性の周囲にはただ複数の男の骸があるばかりだった。
「う……おえええっ……!」
私は堪えきれなくなって逃げた。こんな常識、私には到底受け入れられない。
私を見つけたゾンビ……いや、男達は、フラフラと私に近寄ってきた。
あまりの恐怖にヘッドショットをお見舞いしたくなる。
教えてもらったじゃないか。選ばれても選ばれなくても発情した男はみんな死んでしまうんだって。
それでも、命が軽すぎる。私には堪えられない。死んだ人の中に、知り合いがいた。
多分、私に優しくしてくれた人達も、みんな死んでしまった。
寿命とはこういうことだったのか。セミのように、発情期を最後にみんな死んでしまうのか。
生殖器官が発達するまでの間だけしか生きられないんだ。
私は、どうすればいい。
私にはこの世界の男の子供を産む力はない。遺伝子が違う。
それでも男は本能で私を襲う。
それならばいっそ私は……。
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――ある平行世界渡航者は最後にこう書き残してこの世を去った。
彼女は一体、何を見て、何を感じていたのだろうか。この手記を読み解くことで、我々の危機を乗り越えることができるのではないか、私はそう思っている。




