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夏休みと謡う

文芸部の冊子は、結局、あいつの作品を掲載して発行された。

学校の輪転機で印刷した50部は、廊下のロングデスクに並べられるや否や、あっという間になくなった。ナナちゃんとのキスの一件で、あたし達の話は学校中に広まり、それが宣伝になったのだった。

しかし、多分、あれを手に取った生徒たちが期待した方向性の作品は、あたしが書いたものだけだっただろう。出来はともかく、あたしは相変わらず、女の子同士が淡い恋をはぐくむとか、友情がいつの間にか愛情に代わっているとか、そんな話ばかり書いていた。


それとは全く正反対の方向性、文体で書かれた夕のスプラッタホラーは倫理的問題だらけなうえ、生徒たちから冗談交じりの悪評が投げられていたっけ。

普通なら、アイツを問題にするのだろうけど。

あの時のあたしにとっては、楽しみにしていたナナちゃんの作品が、何よりもショックだった。


ナナちゃんの作品は、奴隷の話だった。


あるお金持ちが、貧しい女を、奴隷として買う。奴隷の女は散々働かされて、ロクに食べ物も与えられず、時には主人の気まぐれで酷い目にあう。しかし、彼女はやがて主人を愛するようになる。自分を繋ぐ首輪や鎖すら愛しながら、見返りを求めずに尽くす女。女はある日病に倒れてしまう。主人は彼女の面倒を見ることなく、新しい奴隷を買う。

新しい奴隷には、女と同じ名前が付けられた。彼女の首輪や鎖も、新しい奴隷のものになった。

それを知った女は、泣きも叫びもせず、まぜか満足げに笑いながら、この世を去った。

あたしは、あの作品について、あの子と話したかった。


けれど、なんだか気まずくなりそうで、切り出せないまま、時間が流れて。

そのまま迎えた、夏休みの最初のデート。


人ごみを避けて、と思っていたけど、時期が時期だし、人のいない場所は何処にもない。

アイツに邪魔されない、久しぶりの、ふたりきりの時間だというのに。

だから結局、近所のカラオケ屋に行くことにした。

あたし自身、カラオケなんてほとんど行った事が無かったから、結構緊張して、それが逆に、新鮮で楽しかったっけ。なにより、ナナちゃんの歌声が聴けたのが嬉しかった。音程を合わせるのに気を使っているみたいで、あんまり感情が籠っていなかったけど。昭和歌謡を歌うあの子の声は、とても透き通ってて、伴奏なしで歌ってよ、と思わずせがんでしまった。

その勢いで、あたしはお願いした。


「このあとさ、うちで遊ばない?」


ちょとだけ面食らった後、しかしナナちゃんは、それはもう喜んで、是非いきたいです、と言ってくれた。あの子を家に呼ぶのは初めてで、ちょっと緊張したんだけど。


「やっぱり、あの事が気になるのですね」


察しの良さは相変わらずで、あたしの部屋の漫画本だらけの本棚を指でなぞりながら、何でもない風に、あの子は言った。あたしはそのそっけなさに少し機嫌を悪くして、語気を強めてしまった。


「なんで、あんなの、書いたの」


あたしは鈍い。

基本的に、誰かの気持ちを察してあげるのは苦手だし、人の変化に気が付いたりしない。

でも、それでも。あの子の変化だけは、もっと早くに、気が付いてあげられたはずだと思う。

それが出来なかったあたしには、あの子を責める資格はない。


「あんなのって言っちゃった、ごめん。よく、分かんなくてさ」


ベッドに座っていたあたしの隣りに、あの子は座った。

そして、開口一番、こう言った。


「ノノは、わたしのこと、奴隷にしたくはありませんか」


最初は、冗談だと思った。

だから、面白い返しを考えた。


「どっちかっていうと、あたしがナナちゃんの奴隷かな」


「それは、恋をしているから、ですか」


「……うん」


ナナちゃんの手を握って、キスをした。

見つめ合いながら、微笑みながら、ナナちゃんがある言葉を口にした。

今でもはっきりと思い出せる、唇の動き方、歌うような、優しいトーン。

そして、その意味の、冷淡。


「恋は、終わるものです」


あの子は言った。


「科学的な話をすると、人の脳にある、恋愛感情をもたらす物質は、一度の恋で、せいぜい三年程度しか持たないそうですよ」


ちょっとだけ悪戯っぽく、微笑みながら、優しく。

乱暴なほど、突き放した内容を。


「ノノは、わたしを手放してもいいのですか」


「いや」


ほとんど条件反射のように言葉が出た。あたしはわけの分からない恐怖に駆られた。なんで、こんな話をするんだろう。ナナちゃんに、嫌われてしまったのだろうか。


「わたしも、イヤです。ノノと、ずっと一緒が良いです。だから」


一瞬の出来事。気が付くと、あたしはベッドに仰向けになり、あの子はあたしに覆いかぶさるようにして、上から見下ろしていた。押し倒されていた。あの子の後ろ髪が、あの子の肩を伝って、あたしの鼻先に当たっていた。


「どちらかが、どちらかの、奴隷になりましょう、この先ずっと、一生」


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