伽を経てなお
あたし達くらいの年齢では、そう珍しくもないこと。これは、ひと時の幻。バカバカしいこと。報われないこと。だから、さっさとあきらめよう。自分の気持ちに整理をつけて、まっとうな道を歩もう。
なんて、考えた。そう、自分に言い聞かせた。
まっとうな道? 正しい人生?
それって、なに?
それこそ、バカバカしかった。
あたしはナナちゃんが好きだ。
あの子という存在が、大好きだ。
それがたまたま女の子で、あたしも同じように、偶然女に生まれた。ただ、それだけのことだ。悩むまでもなく、考え込む必要なんてなくて、ただそれだけが、目の前にある事実。
真実だった。
あの子に対する感情の正体を、自覚してしまったあたしは、さっさと楽になろうとした。楽になれると思った。でも、できなかった。どうしても、言えなかった。なぜだか、悪い予感しかしなかった。
当然だったのかもね。
好き、と言葉にして告げる以外の道は、選択肢は、自分でも気が付かない間に、とっくに全部、やっていた。
最初にナナちゃんに読んでもらったあの物語は、あたしとナナちゃんの関係が元になっていた。
物語の中で、二人の女の子が、静かに、淡々と友情を深めていく。でも、後から読み返してみたら、まったくもって。それは友情という名で呼ばれてさえいるけれど、本質的には、完全に。
恋の物語だった。
あれをナナちゃんに読ませるってことは、ほとんど愛の告白のようなものだ。
自覚が無いって恐ろしい。
だからこそ、ほんとの告白が、できなかった。
ナナちゃんは頭がいい。
察しもいい。人の気持ちを、感情の細かな機微を、本人の知らないことですら、すぐに気が付いてくれる。そんな子だから、あたしは怖かった。あの子はとっくに、あたしの気持ちに、気付いているはずだから。
そう、あたし自身よりもずっと前に、気が付いていてくれた、はずなのに。
どうして、答えをくれないんだろう。
友達のままでいて、って、そういう意味なのかな。
何も起こらないうちに、あたしは振られちゃったのかな。
無かったことに、されちゃうのかな。
ひどいよ。
あたしはどんどん塞ぎ込んでいった。
3年生になって、少しずつ、ナナちゃんとの関係に、ヒビが入っていった。
話を聞いてくれていないとか、待ち合わせの場所がちょっと違うとか、その程度のことで、声を荒げてしまった。
だけど。
ある夏の日の放課後。
いつものように二人で駅まで歩いて、そこで別れる、その間際に。
あの子は、一冊の本をくれた。
手製の、テープ止めされた、白い本。
タイトルは無かった。
電車の中で、ページをめくった。
最初のシーンは、愛の告白だった。
見かけには気の強そうで、それでいて塞ぎ込みがちな少女は。
敬語の直せない、本の好きな女の子へ。
永く心に秘めてきた恋心を、打ち明ける。
連なった文字に目を滑らせ続けて、降りるはずの駅を乗り過ごすどころか、気が付くと終着駅まで行ってしまっていた。どこか知らない田舎の真っ暗な空の下、夕涼みにはちょうどいい風に吹かれながら、ホームのベンチに座っていると。
涙が流れてきた。
駅員さんには、迷子の子供のように思えたかもね。
家に帰りつけず、寂しくて、泣きじゃくる子供。
でも、実際には違った。
物語の中で、ふたりは、恋人同士だった。
淡く儚い恋ではない。
人の一生の、その道筋を変えてしまうような、本物の恋愛だった。
その物語が何を意味しているのか、あたしには分かった。
ナナちゃんは、優しい子だ。
あたしの気持ちに答えてくれた、それだけで、十分すぎるほど嬉しいのに。
あの子は、あたしに選択肢をくれたんだ。
友達のままでいたいのか、それとも、別の関係に進みたいのか。
普通なら、告白される側が、答えを選ぶものなのに、その権利すら、ナナちゃんは、あたしに譲ってくれた。
あたしの気持ちに、こんなにも優しく、答えてくれた。
あたしが選びさえすれば、明日も友達のままでいる事だって、出来るんだ。
ありがとね。
でも、ね。
それはできない。
できなかった。
あたしが選ぶ道は、最初から決まっている。
明日が来て、いつものように学校へ行ったら、あたしは。
あなたの、恋人でありたい。




