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SATT

加瀬七穂という少女がいた。


彼女の事を思い出すたびに、思い出してしまうたびに、どうしようもなく、狂おしく、叫びだしたくなるほどに。

俺は、孤独と恐怖、自己嫌悪に、苛まれる。

彼女と最後に過ごした日の事を、思い出すたびに。

あの日、呑気にはしゃいで、世界が滅んでも構わない、なんて考えていた自分を。

殴り飛ばして、切り刻んでやりたいと思った。


あの日々を、振り返らないよう努力して、苦労を重ねた。

一人暮らしまで始めて、人格すらも変わってしまいそうなほど、生活習慣の何もかもを変えてしまった。

髪型も変えて、普段の態度も変えて。

できるだけ、誰かと話すようにした。

一人で静かに過ごしていると、思い出してしまうから。


あの何かを懇願するような、願いの込められた。

そして、人懐こく、朗らかな、七穂の笑顔を。


思い出さぬように努めて、そうして。


俺はリア充になった。

お前リア充だろ、と、クラスメイトから名指しで呼ばれるようになった。

嗤えない話だ。


沢山の友達に囲まれて、くだらないバカ話に大笑いする。

その行為が、こんなにも、空虚なものだったなんて。

まったくもって、嗤えない話だ。


学校の連中は、誰一人、居なくなった少女について、口には出さない。

そのことに、触れない。

少なくとも、俺がいる場所では。


それでも、やっぱり。

毎日、空の色は鮮やかなオレンジに染まる。あの日のように。

その色が目に止まるたび、あの日々が、七穂と過ごした時間が、順を追って、早回しで、想起されていく。我に返って、頬を触ると、いつも必ず、そこは冷たく濡れていた。


ある日、その姿を見られた。

茶色く髪を染め、右耳にピアスを着けた、無愛想な少女。

俺は長い事、彼女を避け続けていた。

それでも、自分から、俺に話しかけてきた。

彼女だって、泣きたかったはずだ。俺の事を責めたって良かったはずだ。

でも、彼女のかける言葉の中に、怒りや憎しみの感情は、僅かばかりも感じられなかった。


それからというもの、夕暮れ時になると、彼女は俺を探し出し、話しかけてくるようになった。

話題は、勉強のことや、クラスメイトの悪口や、俺がかつて趣味にしていたゲームやら何やらの辛辣な批評や、とにかく、とりとめもない話だった。

野乃詩はけして、あの少女の事には触れなかった。

今にして思えば、彼女自身も、乗り越えようとしていたのかもしれない。

そのうち、話は長くなり、放課後も、昼休みも、野乃詩と時間を共にするようになった。

俺は彼女の事を少しづつ知り、弁当のおかずを分け合うようになった。


学校の連中は、俺たちを恋人同士だと噂するようになった。

勿論、俺にも野乃詩にも、そんなつもりは毛頭ない。

俺達は、ただの友達だ。

単なる、数少ない、本物の、友だった。


そんな風に、時は流れた。

季節は夏を迎え、長い休みが始まる頃。


ある日の帰り道、駅で別れる直前。

野乃詩は、唐突に、こう告げた。


「ナナちゃんの話、いいかな」


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