屋上
ふと時計に目をやり、慌てて家を飛び出し、5分も走ったところで。
普段なら多少の遅刻など気にも止めないことを思い出す。
一体何をそんなに慌ててるんだ俺は。
と立ち止まり、通学路を眺める。
世の中の風景というのは、こんなにも簡単に変わってしまうものなのだろうか。
季節が流れた訳ではない。というか、客観的に見れば多分何も変わっていない。
だが、一昨日よりも以前、加瀬との一件以前とは、まるで何もかも変わってしまった気がする。
ギリギリアウトで教室にたどり着いた俺は、遅刻を嗜める教師と目を合わせる事もなく、何よりも真っ先に、彼女の姿を探した。
が、見当たらない。彼女の座席は、大人しく机に収まったままだ。
どうやら、加瀬は欠席したらしい。
まあ、別に珍しい事ではない。そもそもサボりまくっている俺に指摘されたくはないだろうが、彼女は時々、学校を休んでいた。
理由はわからない。
昨日の出来事のせいで俺と顔を合わせるのが恥ずかしくなったとか?
いやいやまさか俺じゃあるまいし。
昼休みに入った瞬間、そそくさと教室を後にし、俺は早足で階段を登った。
思ったとおり……には行かないものだ。
階段を昇りきったあたり、屋上へ続くの扉の前に、人影はなかった。
が、何かがいつもと違っている。
そんな気がして、俺は扉に近付き。
ドアノブに、ゆっくり力を込めた。
扉はあっさりと開いてくれた。
屋上のど真ん中には、バカでかいエアコン用の室外設備があった。
なんというか台無しだ。夢が壊れた。学校屋上と言えばもっと広くて、何もなく、走り回れる感じであってほしいのだが。などと考えながら、天を向いた扇風機の化け物の裏手へ回り込む。
見つけた。
いつか見た、あの。
水底から覗き混むような、打ち捨てられた絵画のような。
暗く、冷たい笑顔が、そこにはあった。
「よう。手紙読んだぜ」
振り返る顔から、笑みが消える。
「お前がどんなにあの世界とやらを大事にしてるか、良く分かったよ」
普段の笑みを取り繕う加瀬。
「だから、契約書、持ってきた」
彼女の眼前に、乱暴に付き出した書類。
その一枚一枚すべてに、二つの印が並んでいた。
「ほら、これで契約成立だ。今日から俺の奴隷な!」
可能な限り、軽ぅ〰️い口調でそう告げる。
反応を待つ。
加瀬は一瞬無表情になり、次いで笑う。
苦笑する。
本気にしてないなこりゃ。
俺の意図など、お見通し、バレバレか。
「なんて言うわけねえだろ」
そうして、俺は格好良く書類を破り捨て……る予定だったのだがいくら力を込めても一枚も裂けず逆に俺の方が手首を痛める結果になった。
駄々をこねる子供のように、紙の束を床に叩きつける。
見ると、加瀬は両手で口を押さえ、半泣きに……
なるほど笑っていた。
「なんだよ、あの手紙。理由なんて書いてねえじゃん」




