WILL
「最初の一冊は、遺書の代筆だったんです」
にこやかに、どうしてそんなに、と問いかけてしまうほど、にこやかに。
七穂は笑う。
「自伝であり、遺書でもある、そういうものを書いてほしい、という、とっぴなご注文をなさるお客さんだったそうです」
ベッドの上に仰向けになった、七穂の瞳に、青白い光がいくつも写り込んでいた。
天上の星々ではない。天井に描かれた、蛍光塗料の、星もどきだ。
「お客さんは、不治の病を抱えていらしたそうなので、同情もあったのでしょうけど。
そもそもお母さんは、売れっ子には程遠い作家でしたから、その仕事を受けざるを得ませんでした。
お客さんの人生を、脚色なく、まとめ上げた物語が、遺書の代わりとして、この世に残る筈でした。
けれど、出来上がったそれは、頼んだお客さんにとってすら、取るに足りない、ひからびた冗談のような、出来の悪い物語だったそうです」
見下ろすように瞼を伏せ、けれど実際には見上げて、一度だけ、七穂は俺を見た。
それからまた、星々に視線を戻して、彼女は言葉を紡ぐ。
「だから、お母さんは機転を利かせました」
七穂の瞳が、微かに揺らぐ。
濡れているのだろうか。暗くて、よくわからない。
「お客さんの人生を、書き換えたんです」
話はこうだった。
お客は、物語のような波乱に満ちた人生を生き、しかし、素晴らしいハッピーエンドを迎え。
そのあとは、それこそ、物語が物語として成立しない程、何一つ悪いことの起こらない、しあわせな日常を生きて。
それから、神さまになった。
めでたし、めでたし。
そんな風に、変更が加えられた。
書き代えられたのだという。
「それを読んだお客さんは、大変喜ばれたそうです。これこそが、自分の遺すに相応しい物語なのだ、と」
七穂の話は、さらに続いた。
「どれほどの覚悟があれば、そんな事を許容できるのでしょう、自分が確かに生きた日々を、たとえ詰まらないものだったとして、それでも確かに存在した日々を」
笑顔が曇る。
「そのお客さんは、何のために、捨て去ってしまったのでしょう」
体が、動かない。
「お母さんは、こう考えていました。未来のためなんだと。
お客さんは、自分の死後も、この世界があり続けていることを、信じていたのだと。
だから、なおもそこに住まう人々のために、自分は確かに素晴らしい一生を送ったのだという、
そういう事実を、残しておきたかったのだと」
なんだよ、それは。
狂ってる……の、だろうか。
話が大きすぎて、理解が追い付かない。
「それから、そのあと。お母さんは、同じ依頼を受けるようになりました。
何人もの、今際のさいにある人々の、その人生を、記憶を、書き換えつづけました。
何度も、何度でも」
星々が揺らめく。大きくなったり、小さくなったり。
七穂は、笑いながら、泣いていた。
「たとえ……相手が、あいてが」
声が途切れ途切れになり、呼吸の乱れが激しくなった。
「相手が、自分の夫であっても、お母さんはそれを続けました」




