SEIN
「悪夢は、しあわせの証拠だそうですよ」
白い寝間着姿の七穂が、少し悪戯っぽく笑う。
またヘンな夢を見てしまった。
気が付けば、とっくに日付が変わっている。
かといって、太陽が昇っているわけでもない。
深夜も深夜、遊び盛りの学生だって、多分その大半が眠っている時間だ。
「本気で、怖かったよ」
七穂を抱き寄せる。
ベッドの上で、強く、両腕に力を籠める。
「ん、くるしいです」
落ち着きを取り戻して、力を緩める頃には、七穂は少しだけ息を荒くしていた。
戸惑いを隠せない様子の七穂に、しかし、間髪入れず、俺は問う。
「教えてほしい」
もはや、躊躇う理由もない。
「どうしてあんな契約を思いついたんだ」
知っておかなきゃ、ならない。
「どうして、俺を選んだ?」
それを聞いた七穂は、悲し気に笑う。
なぜ、そんな顔をするんだ。
「その質問は、すこしだけ、白々しい、です」
さっきの彼女のように、俺もまた戸惑いを抱く。
七穂にしては、随分棘のある物言いだ。
「もう、とっくにご存知のはずです、なぜ有慈くんが選ばれたのか、なぜわたしが、奴隷になる必要があったのか」
意味が分からない。
俺は、その答えを知らない、ほとんど、何も。
「本当に知りたいのは、あの本についてではないのですか?」
分からない。
何も分からない。
その言葉しか、浮かばない。
「分からないんだ、本当に、何も」
混沌とした思考の渦の中で、踊るように、滑稽なピエロのように、みじめにじたばたと。
首を振り、目玉を動かす。
そして、思考は途切れる。
七穂の唇が、俺の唇に触れる。
「わたしを、抱きたいですか」
パジャマの、一番上のボタンに、七穂は手をかけた。
外されたその切れ目から、鎖骨の作る影が、ちらりと覗く。
「わたしは、構いません」
二つ目のボタンに、手がかけられた。
首の付け根の小さなくぼみが、はっきりと露わになる。
三つ目のボタンが外され、四つ目の上で、細い指が器用に動く。
俺はその上に、右手を重ね、首を振った。
「やめようぜ、こんなの」
両手の指を彼女の細い指に絡め、祈るように、それを撫でた。
そうしているうちに、何かが見えた。
黒い靄のなかに、一筋の光が差した。
バラバラだった思考の欠片が、少しだけ、正しい組み合わせを導き出す。
俺は言った。
「おまえ、自暴自棄なんだよ」
また俺の勘違いかもしれない。妄想にも似ている。
しかしそれが、確かに、その姿形を、正体を、あらわにし始めた。
そんな気がする。
「全部、聞いて、くださいますか」
七穂はボタンを留め直している。
ベッドの上、膝を揃え、手をついて、正座する。
「わたしの、家族のこと」




