表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/126

UNDO

またヘンな夢を見そうだ。

俺の寝言に従い猫耳を付けヘンなポーズをっていた、あの日の七穂を思い出して、飛び起き、薄明りの中をうろつく。

テレビの前の赤いソファに腰かける。足元、ガラスのコーヒーテーブル上には、栓抜きや灰皿が設置してある。当たり前だが、本来ここは大人が来る場所なのだ。

背伸びしている気はしない。

実年齢はともかく。

今の自分が、果たしてどの程度、成熟しているのか、つまり大人なのか、深く自問したことなんか、そういえば無かった気がする。

なぜなら、それはあまり意味のない質問のように思えるからだ。


しかし。

今は。


考える。

考える必要があるのではなかろうか。

まじめに考えてみる、必要が。


俺は七穂が好きだ。

愛してる、なんていう、歯の浮くような、気障なセリフは言えないけれど。

それでも、愛している相手を挙げろ、と言われたら、彼女の名を最初に口にするだろう。

つい1週間ほど前、俺は七穂に、そういう意味合の込められた告白をした。

どこまで伝わっているか、分からないけれど。


そして、今日。

七穂は、俺の事を好きだと言ってくれた。


あの言葉には、どんな意味が込められていたのだろう。


七穂の言った『好き』は、とどのつまり、どの『好き』なんだろう。


恋愛感情なのだろうか。


などと真っ先に期待するのは、やはりおこがましい事なのかもしれない。

でも。


知りたい。


知ったところで、どうなるかは分からない。

七穂の言葉を思い出す。


『なぜなら、この世界は、そんな場所ではないからです。人が人を、お互いに人として、正しくあるがまま、愛し合えるような、そんな場所ではないんです』


なぜ、こんな事を考えるんだろう、彼女は。

そうだ。


まず、何よりも先に、俺はそれを確かめなくちゃならない。

彼女が俺を好きだと言った、言ってくれた、その真意よりも、先にだ。


そして、その答えは。

たぶん、あの物語の中にある。


『神さまのことば』未満、もしくは、冗談。


俺は、彼女の真意を知らなきゃならない。

そう決意して。

決意しようとして、気が付く。


なんで、俺なんだろう。

どうして、俺が選ばれたのか。

いや、最後に残った、読者候補だったという、それだけの理由なのかも、しれないけれどさ。

それに。


なんで、奴隷なんだろう。

文字通り、己のすべてを差し出す覚悟だったという事なのだろうか。

そこまでして、読ませたいものだったのだろうか、あの物語は。


……なにか、見落としている。



〈奴隷〉



その、血の気の引くような、禍々しい二文字が、またも、頭の中でリフレインし始める。

まるで、何もない真っ暗な闇の中で、その言葉と、概念と、一対一で対峙しているかのような錯覚に、俺は陥りかけた。


そうだ。

向き合わなきゃ、あいつと。


奴隷。


だめだ。

その言葉から目をそらすように、後ろを向く。

脱衣所に、七穂のワンピースが脱ぎ捨てられている。

そのポケットのあたりに、なにか黒いものがみえる。

あれは。


……なんで、まだ、アレを持ち歩いてるんだ?

俺と彼女は、奴隷と主人だった。

でもそれは、過去の出来事になったはずだ。

少なくとも、今はもう、要らない筈だ。


俺は目をこすり、視界の一点を凝視する。

自分の目を疑う。

疑いながら、フラフラと立ち上がり、そこへ近づく。

そいつを、手に取る。


見間違いじゃ、なかった。

白い刺繍。

俺の名前。

主従の証である、首輪の名残。


黒い布切れの、その正体。


七穂の、チョーカー。


なにかが、おかしい。

そもそも。


静かすぎる。

バスルームの中から、物音ひとつしない。


得体のしれない感情が……いや、知ってるさ。

これは恐怖だ。

恐怖が、俺を突き動かす。


「七穂!」


勢いよく、バスルームの戸を開ける。


再び、我が目を疑う。

湯船には、そもそも水の一滴すら、入っていない。


そこには、誰一人、居なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ