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MOND

金が無かったんだ。

泊まる場所も、なかったんだ。

ネットカフェなんか、女の子連れじゃあ、いろいろ危なすぎて駄目だ。

ビジネスホテルは高すぎる。

七穂に出してもらう……というか借りるのだから、当然、後で返さなきゃならない。

一時的にしろ、彼女の負担も少ない方がいい。

選択肢はなかった。仕方なかった。

狭いエレベーターの中で、己に言い訳をする。


だからといって、この選択はどうなんだ。


いいのか、本当に。


法的には、とりあえずアウトだろう。

俺も七穂も18歳に満たない。

どちらも2年ばかり足りない。


一応、七穂には聞いてみた。

確かに、まあ、俺は何度も彼女の家に泊まっている。

男を家に泊めるというのが、世間一般でどのような意味を持つのか、七穂もそれぐらいは分かっている。

その世間一般での意味という奴を、未だ俺は経験したことが無いのだけれど。


「ちょっと、楽しみですね」


ああ、楽しみだ。

いや、いや!

きっと、そういう意味じゃないぞ。

はき違えるな。


「部屋、面白そうだったもんな」


無人のロビーに並ぶ写真たちを思い出す。


「ええ、お部屋も、たのしみです」


お部屋も。

も。

も、の後に何が続くのだろう。


「風呂とか、めちゃくちゃ青かったよな」


「ベッドも、不思議な色でしたね」


「あ、ああ、ああべべベッドね、ねね、眠れそうだったよな、ぐっすり、広くてさ」


怖気づいている。

情けない事に。


「そうですが、どの道、今夜は眠れそうにありませんね」


ええ。

お嬢さん、それはどのような意味で……言ってらっしゃるのかしら。

頭がくらくらする。


「ツァウベルちゃんがいませんから」


ああ、そういう意味ね。

だよね。

クスクスと悪戯っぽく笑う七穂。ひょっとして、俺は弄ばれているのだろうか。

10階に着き、扉が開き、廊下を進み、辿り着くは108号室。

まさに煩悩の扉である。

ごくり、つばを飲み込む。


「いくぞ」


「……はい!」


扉を開け、中に入る。

何処かのアパートの、玄関のような造りだ。

扉が閉まる。カギのかかる音がする。

あれ?

ドアノブに手をかけ、回す。びくともしない。

閉じ込められた。


「まじかよ」


監禁状態である。

どうやら、金を払うまで開かないらしい。


「見てください!」


七穂が呼んでいる。

部屋に入ると、真っ暗だった。

何も見えない。


「上、天井です」


見上げると、微かに。

月明かりが見えた。

いや。


「蛍光塗料か、何かかな」


天井には、まるで星のように、うっすらと光る点が、散りばめられている。

星々の配置を見ると夏の星座が幾つか見つかる。

三日月の上には、天使と兎が乗っている。


洒落た造りだ。誰のアイディアだろう。

なんだか、子供を喜ばせようとする親のような発想だ。

まさか、こんな場所で、こんなものに出会うなんて。


素敵だ、と言えたかもしれない。


ここが、ラブホテルでなければ。


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