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MEER

クレーンゲームの列を歩きながら、言葉を交わす。

かわいいですね、あ、これも、とてもかわいいです、と。

七穂が指さす先には、明日にも人類を滅ぼしそうな冷酷な面構えのロボットや、リアルなゴリラのソフビや、正面からもパンツ丸見えのテンプレ的な美少女フィギュアや、埴輪の出来損ないのような、お菓子のマスコットキャラ。

どうにも、センスがずれている、少なくとも、俺とは。

それでも……むしろそんなところが、楽しかった。


ひょっとしたら冗談だったのかもな、と思いながら、レストラン街へ向かう。

入り口だけ見たら、ロンドンの一角に迷い込んだようにも思えるハンバーグ屋。

高級そうな狭い店構えの、しかしお品書きにはチョコプリンとかフィラデルフィア巻きといった単語が並ぶ寿司屋。

本来行くはずだったあの遊園地を思わせる、ファンシーなオムレツ屋。

店の前を通り過ぎるたびに、じゅるるー、と、唾をのむ擬音を、言葉にして出す七穂。

子供のように食品サンプルを眺めながら、アレがいいかな、これにしましょう、と、二人で真剣に悩む。

そして、別の店へ移る。


靴屋でも、服屋でも、俺に似合いそうなものを探してくれる。

女性ものの下着売り場の前で立ち止まり、好みを聞きだそうとして、俺を辱める。

おもちゃ売り場で、子供のころ遊んだブロック玩具の話をする。


楽器売り場で、昔オルガンを習っていたんですよ、と、俺の知らない一面を教えてくれる。


そんな事をしていると、警備員に諭される。

もう、時間切れですよ。

楽しい一日は、ここまでですよ。


七穂は名残惜しそうに、しかし笑いながら、言う。


「そろそろ、出ましょう」



 ◆◇◆



風が僅かに、塩の匂いを含んでいる。

車の通らないわりにやたら広い道路のその脇を進む。

少しだけ広い、公園がある。明かりは少ない。

中に入って、暗がりを進む。不意に、障害物が消え、目の前が開けて。

海が見えた。


商用のコンテナ船が停泊する港の、すぐ隣まで来た。

対岸のコンビナートの明かりが、水平線の上に、うっすらと、青白いカーテンを引いている。

公園の端で、その眺めを、手すりにもたれかかって、ただ眺めた。


「前にさ、行こうって、言ってたよな、海」


「来てしまいましたね」


寒さは感じなかった。

もうすぐ春が終わり、夏が来る。


俺は七穂の手を取る。

悪いことなど、何一つ起こらない。

そんな気がした。


俺には、聞かなきゃいけない事がある。

そうだ、今こそ、彼女から。


「教えてくれ、神さまのことば、あれを書いたのって」


七穂の表情は見えない。


「お前の、父さんなのか」


永い沈黙が支配する。

しかし、俺は彼女の手を放さない。

震えているのが、分かる。

強く握ると、さらに強く、握り返してきた。

痛みが走る。

でも多分、彼女にとっては、もっと痛いんだろう。

聞くんじゃなかった。そんな後悔が襲う。

しかし、答えは返ってきた。


「それは、いいえ、ちがいます」


ショッピングモールに居た時、さっきまでの彼女の陽気にはしゃぐ声は、どこかへ消え去ってしまった。

代わりに、別人のように、暗く冷たいトーンで、言葉が放たれる。


「ユージーン・カッセルは、わたしのお母さんの、再婚相手でした」


繋いでいた片手が、振り払われた。


「神さまのことばは、あれは」


何度目だろう。

闇の中、七穂の表情はよく見えない。

けれど、容易に想像できた。

あの、冷たく、暗く、沈んだ、死者のような、微笑みを。


「あれは、お母さんが書いたものです」


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