FREI
港の近くにある、バカでかいショッピングモールは、やはり人であふれかえっていた。
ヤシの木が植えこまれ、壁は一面、色とりどりの模様や変な形のオブジェで飾られ、ちょっとした遊園地のようだった。
というか、本当は遊園地に行きたかった。
チケットも買ってあった。
しかし、時間が時間だったのだ。
もはや手遅れだったのだ。
「すまん、本当にすみません」
謝罪の場面になると、敬語がごく自然に出てくる。
社会人になるための準備は万端だ。
「いいんです、遊園地は、ほんとうは、あんまり好きじゃありません」
「本当に?」
「ええ、人の多いところは、どうも苦手でして」
あたりを見回す。
360度、およそ人間の見えない方向はない。
ここは2階で、でかい吹き抜けの上にも下にも、人波が見える。
「すまん、本当にすみませんでした」
「いえ! わ、わたしこそ、皮肉を言ったのではありませんよ!」
沈黙が訪れる。
静かな場所で会話が途切れるのは、まあ、まだ、静寂を楽しむ余地があるのだが。
騒々しい人ごみの中、俺と七穂の二人だけが黙り続ける。
これは……キツイ。
「な、なあ、映画でも見るか」
「え、あ、は、はい!」
俺達は映画館に急ぎ、上映スケジュールを確認する。
何も見たいものが無い。というか、名前だけではどんな作品かさっぱり分からない。
そもそも、普段、テレビやネットですら、映画などほとんど見ない。
そして、財布を開け、気が付く。
金が無い!
そうだった、あのイチゴパフェとパンケーキだ。
そしてドリンク代だ。
これは、帰りの交通費すら、危ういのでは。
「いかがされました?」
七穂が、俺の茶色い財布をのぞき込んでくる。
これこれ、子供じゃないんだから。
お嬢様には庶民の財布が珍しいのだろうか。
「ああ、そういうことでしたら」
彼女は、ポケットから一枚のカードを取り出した。
黒く輝く、飾り気のない、高級感あふれる、シックなデザイン。
アレがうわさに聞く、ブラックカードだ。
「いや、いいって! 大丈夫だから!」
そう言うと、七穂は笑って、こう言った。
「出世払いで、お返しください」
その言葉が、妙に気になった。
何の気なしに、深い意味などなく、言ったんだろうけど。
上映中はずっと、その言葉の意味を考えていた。
おかげで、タイトルどころかジャンルすら記憶にない。
海外のアニメのような絵面で、可愛い動物たちが動き回っていた気もするが、ハゲたオッサンがレーザーガンを撃ちまくっていたような気もする。
「面白かったですね」
七穂はそう言ったが、感情が籠っていないのが丸わかりだった。
シアターを後にすると、昼の喧騒が嘘のように静かだった。
モールの人ごみは消えていた。閉館時間が近いらしい。窓が少なくて気が付かなかったが、きっと外は真っ暗なんだろう。
「これは、チャンスです!」
「お、おう」
「今なら、自由に好きなところを見られます!」
七穂は妙にいきり立っていた。
映画の感想などそっちのけで。
七穂に手を引かれ、俺はショッピングモールを走った。
七穂は振り返り、笑いかけてくる。
「きょうの、デートは、ここからが本番、ですよ!」




