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SINN

家の前に立つと、丁度、扉が開いた。

彼女が、顔を見せる。

俺の存在に気が付くなり、ごく自然に目を細めて、笑ってくれる。


「おはよう」


少しだけ肩を揺らして、今度は別の意味で笑う。


「もう、おやつの時間ですよ?」


彼女の恰好は、少しだけ、いつもより華やかだった。

白いブラウスには、小さく花柄が散りばめられ。

その下に着ているワンピースは、落ち着いた、けれどどこか情熱的なワインレッドだ。

そして、何より。


「七穂、ひょっとして、その唇」


「あ、気が付いて、いただけましたか」


少しだけ照れくさそうに眼をそらし、しかし嬉しそうに緩めた、その口元には。

うっすらと、リップといえばいいのか、つまり口紅が塗られていた。

自然な色だから気が付きにくいが、確かに、艶やかに。


「今日は、すこしだけ、おしゃれを頑張ってみました」


そう言って、七穂は俺の横に並ぶ。

並んだまま、駅まで歩きだす。

駅で待ち合わせても良かったのかもしれない。

だが、俺は彼女を迎えに行きたかった。

なんてったって、今日は二度目のデートなのだ。

行先はお墓なんかじゃなく、本物のデートスポットなのだ。


「あの、ご主……」


唇に人差し指を当てる。


「違うだろ」


「あ、はい。有慈くん」


彼女はもう、俺の奴隷じゃない。

契約は、終わったのだ。

彼女の首に、あの黒いチョーカーは無い。


「有慈くん、聞いてほしいことが、あります」


七穂が、足を止めた。

俺も、それに倣う。

少しだけ生まれた距離を、振り返る。


「有慈くんは、わたしに、言ってくれました、好きだって、何度も」


フラれ続けたけどな。

悲しくなっちまうナァ。

でも、後悔はしていない。

今もまだ、俺は七穂の横に、こうして立っているのだから。


「それなのに……わたしは、何も語りませんでした」


七穂に近づいて、別にいいよ、と声をかける。


「よくありません、わたし、わたしも、わたしの気持ちを、考えを、もっとはっきり、あなたに告げるべきでした」


「七穂、だから、もういいんだって」


「よくありません」


声が大きくなる。

しかし、七穂は笑っている。

あの暗く、冷たい笑いが、今ではもう、別の誰かの持ち物になってしまった、そんな気がする。

静かで、優しい。それでいて、明るく、眩しい、そんな微笑みが、俺の目の前にあった。

七穂は言う。


「わたしたちの気持ちが、同じものかはわかりません」


空を見上げる。


「この世界が、それを許してくれるとは、思えません」


俺を見据える。


「でも、それでも、確かな事です。だから、あなたに知っておいて、ほしいんです」


俯き、首を振り、顔を上げ、また笑みを作って。

スカートを、あの日のように、ぎゅっと握りしめて。

がんばれ、なんて言葉は、たぶん、もう必要ない。


「あなたが、好きです」


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