表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/126

理由

「ご主人様あ〰️! 朝ですにゃん! ナナホにミルクを与えてにゃん!」


ぶはっ!


朝日がカーテンの隙間から洩れていた。

跳ね上げた俺の上半身には汗がまとわりつく。

さっきまで見ていた筈の夢の内容は思い出せない。

だが、そこはかとなく、自分が救いようのないクズである気がする。

クズと言えば。


自分でも信じられないが。

俺は、説得されてしまった。


加瀬が、何ゆえ、奴隷になろうと思い至ったのか。


その理由は、共感はできないまでも、少なくとも漠然とは、理解というか納得というか、飲み込めるものだった。


一昨日、公園から持ち帰った……加瀬に渡された包みの中に、一通の手紙が入っていた。昨日の俺はそれに気がつかないまま、なんとか理由を聞き出そうと孤軍奮闘していたというオチだ。

加瀬の答えは。


「手紙、読んでください」


という、ごく簡潔な言葉だった。


ベッドから抜け出し、机の上の、2枚の便箋を手に取る。

昨夜摩り切れるほど目を通したそれを、更に、もう一度読み返すため。


------------------------------------------------


拝啓 驚かせてしまったのでしょうね。

この手紙を受け取っていただけた、という事は、つまりそういう事なのでしょう。まずはそれについて、お詫びさせてください。

私の願いは、結果として、客観的に見れば、それはそれは真にぶしつけで、無礼なものでしょう。一人の人間としてこの上なく愚かで醜く、救い難いほどに惨めなものです。

なぜ、と問いただされるのは分かり切った事なのですが、私は何分、口下手で上がり症です。ゆえに、手紙の形でお伝えさせていただきたく思います。


簡潔に申し上げます。

それは、私がすでに、奴隷そのものだからです。


物語を紡ぐうち、いつしか私は、私自身によって産み出されたその世界から、逃れられなくなってしまいました。あの世界は、いつしか私の存在を苗床として、ひとりでに成長を始めました。

私の思考は、感覚は、理性は、あの世界が在り続けるための、あの世界の時計の針が周り続けるためだけの道具へと、生まれ変わって行きます。そして、その過程は私にとって、この上なく快いものでした。


ある日、その感情を愛情と呼んでみたら、正しく言葉の意味が通ずることに気がつきました。

そして、今でも、私は心からあの世界を愛しています。


気がつけば、私はあの世界と同化し、あの世界に紐付けられた、不可分な存在になってしまいました。

創造主などという大それたものではありません。あの世界の奴隷です。住人に踏まれ続ける大地であり、仕え続ける使途なのです。


私はあの世界のために、生きています。


けれど。

ある時、気がつきます。あの世界にも、寿命があり、死が訪れる事を。そしてその瞬間が、間近に迫っている事実を。

私は、ある決意をしました。


あなたが現実と呼んでいる世界、そこにいる私は、ただのちっぽけな侵略者です。


あの世界を、私は誰かに託さなければならないのです。



------------------------------------------------


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ