理由
「ご主人様あ〰️! 朝ですにゃん! ナナホにミルクを与えてにゃん!」
ぶはっ!
朝日がカーテンの隙間から洩れていた。
跳ね上げた俺の上半身には汗がまとわりつく。
さっきまで見ていた筈の夢の内容は思い出せない。
だが、そこはかとなく、自分が救いようのないクズである気がする。
クズと言えば。
自分でも信じられないが。
俺は、説得されてしまった。
加瀬が、何ゆえ、奴隷になろうと思い至ったのか。
その理由は、共感はできないまでも、少なくとも漠然とは、理解というか納得というか、飲み込めるものだった。
一昨日、公園から持ち帰った……加瀬に渡された包みの中に、一通の手紙が入っていた。昨日の俺はそれに気がつかないまま、なんとか理由を聞き出そうと孤軍奮闘していたというオチだ。
加瀬の答えは。
「手紙、読んでください」
という、ごく簡潔な言葉だった。
ベッドから抜け出し、机の上の、2枚の便箋を手に取る。
昨夜摩り切れるほど目を通したそれを、更に、もう一度読み返すため。
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拝啓 驚かせてしまったのでしょうね。
この手紙を受け取っていただけた、という事は、つまりそういう事なのでしょう。まずはそれについて、お詫びさせてください。
私の願いは、結果として、客観的に見れば、それはそれは真にぶしつけで、無礼なものでしょう。一人の人間としてこの上なく愚かで醜く、救い難いほどに惨めなものです。
なぜ、と問いただされるのは分かり切った事なのですが、私は何分、口下手で上がり症です。ゆえに、手紙の形でお伝えさせていただきたく思います。
簡潔に申し上げます。
それは、私がすでに、奴隷そのものだからです。
物語を紡ぐうち、いつしか私は、私自身によって産み出されたその世界から、逃れられなくなってしまいました。あの世界は、いつしか私の存在を苗床として、ひとりでに成長を始めました。
私の思考は、感覚は、理性は、あの世界が在り続けるための、あの世界の時計の針が周り続けるためだけの道具へと、生まれ変わって行きます。そして、その過程は私にとって、この上なく快いものでした。
ある日、その感情を愛情と呼んでみたら、正しく言葉の意味が通ずることに気がつきました。
そして、今でも、私は心からあの世界を愛しています。
気がつけば、私はあの世界と同化し、あの世界に紐付けられた、不可分な存在になってしまいました。
創造主などという大それたものではありません。あの世界の奴隷です。住人に踏まれ続ける大地であり、仕え続ける使途なのです。
私はあの世界のために、生きています。
けれど。
ある時、気がつきます。あの世界にも、寿命があり、死が訪れる事を。そしてその瞬間が、間近に迫っている事実を。
私は、ある決意をしました。
あなたが現実と呼んでいる世界、そこにいる私は、ただのちっぽけな侵略者です。
あの世界を、私は誰かに託さなければならないのです。
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