WIRR
昼過ぎに目を覚ますたびに、体がだるく、頭が痛い。
高校生になったからといって、無限に体力が増大したわけじゃないのだ。
一度七穂の家で睡眠をとったものの、アレを読み始めた日から数えて、計3日は徹夜している。
昨日の夜の出来事を思い出す。
俺はファミレスで刃物を突き付けられ、金品を奪い取られて……
財布の中身は空っぽだ。
いやいや、違う。
奢らされたのだ。
二人分のドリンク代ぐらいのつもりで、俺がもつぜ、と口にしたら、すかさず特大イチゴパフェと全部盛りパンケーキを注文しやがった。あんたも食べたら? と、俺の同意なしに二人分も。挙句、一人分すら半分も食べきらないうちに具合を悪くして去っていった。
そうして俺は、通常想定される、二人分の食事代の、その倍は軽く超えてしまった金額を、支払う羽目になる。
おかげで、俺の財布には小銭ぐらいしか残っていない。
七穂の家まで行くとなると、往復の電車賃だけで全財産の半分を失う。
それでも、俺は家を出る。
そういえば、親に挨拶の一言もなかったな。
まあ、一応今俺は南の島に行っている事になってるのだから、帰ってくること自体がそもそもおかしいのだが。
駅までの道を行く途中、野乃詩の言葉を思い出す。
イチゴパフェを頼んでやった甲斐があった。
アレを口にする間、野乃詩は、彼女が読んだバージョンの『神さまのことばもどき』を。
その内容を、俺に打ち明けてくれた。
主人公は野乃詩で、物語は中学時代、彼女と七穂の出会いから始まる。
二人は時々ぶつかり合い喧嘩しながらも、お互いの淡い恋心に気が付き、高校生のとき、晴れて恋人同士になる。
世間の冷たい眼差しに晒されながらも、大学生、社会人と二人は成長していき、やがて最後には結ばれ、結婚する。
めでたし、めでたし。
簡潔すぎるあらすじだが、本人の口から聞いた以上の事は知らないのだから仕方ない。
野乃詩はこの物語について、あまり感想めいた事を口にしなかった。
だが、最後にただ一言、こう言った。
「あたしの人生を狂わせた、罪深い本」
『神さまのことば』は、世に作品として出たものは一種類だけだが、本当は何種類も存在する。
そして、それぞれ内容が全く異なっているらしい。全く異なる、とは言ったものの、実は共通点が三つばかりあるらしい。
ひとつは、読者として想定された人間が主人公になっている事。
二つ目は、読者の実際の人生がベースになっている事。
三つめは、物語中ほとんど何も悲劇が起こらない事。
七穂の書いた作品は、しかし、『神さまのことば』ではない。
その真似事なのだという。
本物は、WiKiに書かれていた通り、ユージーンという人物の著作だ。
何者かと問えば、詳しくは知らない、と答えが返ってきた。
核心に迫るような、野乃詩の推測を、付け加えて。
「たぶん、あの人が、ナナちゃんのパパだよ」
あとは、やっぱり本人に聞くしかないのだろうか。
七穂は、答えてくれるだろうか。
もしそうなら、どんな答えをくれるだろう。
そして。やはり、黒い靄は頭をよぎる。
俺は本当に、この疑問の答えを、求めるべきなのか?




