LAHM
「それじゃあ、今度はあんたの番」
へ?
「なに呆けた顔してんのよ、情報交換って約束だったでしょ」
会話のキャッチボールの、そのボールが俺にまわってきた様子だが。
ついさっき野乃詩が言ったセリフの、その意味が飲み込み切れないままだった。
「ちょっと待ってくれ、なにも情報を得た気がしないんだが」
「続きが聞きたかったら、教えなさい」
何を、だよ。
俺はお前に対して、何も隠し事なんか……いや。
隠し事だらけだったな。
「まず、教えてほしいんだけど、あんたとナナちゃん」
その鋭い眼光に窮して、俺は身を引く。気が付くと、俺は視線を泳がせて色々と意味のない場所を見ている。嘘つきの典型的なリアクションじゃねえか。
「本当に、付き合ってるの?」
ボールを渡すなり、野乃詩からド直球が飛んできた。
勿論、正直に答えれば、答えは『NO』となる。
しかし。
「俺が七穂を好きなのは、本当だ」
目を丸くする野乃詩。
「俺は、七穂を救ってやりたいと思ってる、そのために、色々知りたいことがあるんだ」
口をポカンと開け、しかし、両目は俺を捉えて離さない。
「だから、全部話すよ、お前に、本当の事を」
今の内容は、彼女をここに呼び出した時とほとんど同じ文句だ。
つまり、まったく新しい情報は、何一つ与えていない。
にも拘らず、野乃詩の表情が、少しだけ緩む。
まるで政治家みたいだな、今の俺は。
そして。
俺はとうとう、すべてを打ち明けた。
七穂との出会い。
奴隷になるという契約。
彼女との、あいまいで不思議な関係。
過ごした時間。
そして、あの本、俺が読んだ方の、『神さまのことば未満』の、中身について。
話を聞く間、野乃詩の顔は百面相のようにコロコロと表情を変えた。怒り、悲しみ、時々少しだけ笑い、また悲痛な顔を見せる。
屋上に向けて叫んだ日のくだりでは、今にも吹き出しそうに片手を口元にやって。バスタオルのあたりでは握りこぶしを震わせて俺を睨みつけ。雨の日の墓参りの話をすると、生気が抜けたようになって、寒そうに身を抱えていた。
話が終わると、しばらく野乃詩は放心状態だった。
しかしやがて、テーブルに両肘をついて、顔を抱える。
最初は小さく、やがて大きな声を上げて、野乃詩は泣いていた。
「ごめんな」
そんな言葉しか、かけてやれなかった。
そんな言葉すら、今の彼女に相応しいのかどうか、分からなかった。
「いいの、いいから」
顔を上げて、真っ赤に腫れた目で、しかし妙に優しい眼差しで、俺を見る。
そして、ショルダーバッグを膝の上に載せ、中身を漁る。
おもむろに、そこから野乃詩が取り出し、テーブルに乗せたものは。
鈍い光を放つ、バタフライナイフだった。
「正直言うと、あたしね」
彼女の顔を見られない。
テーブルに載せられた凶器から、視線を外せなかった。
全身が痺れたように、言う事を聴かない。
いや、おい。
お前、なんで、こんなもの。
「アンタの事、本気で殺そうと思ってた」




