GABE
「神さまのことば……ううん」
遠くを見つめ、どこか寂し気に笑いながら。
「ナナちゃんの、神さまのことば……もどき、かな」
またも、あいまいなタイトルである。
(仮)で統一してほしいカンジです。
「それって、南の島に旅行して、ハーレムラノベ的展開満載で、そのあと学園ものになって、ループものになって、ホラーな感じで結末を迎えたりするのか」
あの世界の謎の多さのあまり、ちょっとだけ早口になってしまった。
野乃詩は、なぜか蔑むような目で俺を見る。
「あんたさ、ハーレムラノベとか好きな人なの?」
「いや、それほどでもないが」
「まったく読まなくはないわけね」
ごめんなさい、結構、かなり、読んでるかもしれません。
ゲーマー故……というのは言い訳だろうか。なぜゲーオタアニオタは近しい関係を保っているのだろうか。どうでもいい疑問が頭をかすめるが、それを振り払う。
「あの本……神さまのことば、あれはね」
野乃詩は声のトーンを落として、また遠い場所を見ている。
今度は、さっきよりもずっと、更に遠くを。
「一冊、一冊が……違う物語なの」
「え?」
一瞬、意味が分からなかった。
違う、というのは、どういう事だろう。
連作とか、続編が沢山、とか、そういった意味ではなさそうだ。
「だから、あたしが読んだのと、あんたが……読んだのは、まったく別の世界の……」
そのまま、なにも喋らなくなった。
テーブルに顔を突っ伏して、目を閉じる野乃詩。
いや、言えよ! 言ってくれよ!
一番、知りたいところなんだよ、そこが!
「おい、おい野乃詩! ここはお前の家じゃないぞ! 俺に寝顔を見られていいのか! 撮っちまうぞ!」
「ううん……ねむい」
俺は無力だった。
流石に恋人でもない相手に対して、頬をはたくとか抓るなんて行為はできない。
……では、どうだろう、友人だったら? 許されるだろうか。
覚悟を決めろ。
真実のためだ。
俺は勇気を振り絞り、野乃詩の頬に指を突き立てた。
効果が無い。
しかたない。
俺はさらにさらに勇気を振り絞って、氷の溜まったグラスを掴んでいた、キンキンに冷えた人差し指を。
野乃詩の。
鼻の穴に突っ込んだ。
「イヤああっ!」
飛び起きる。
こうかはばつぐんだ。
「すまん、こうするしかなかったんだ」
野乃詩は右手を振りかぶり、我に返ったようにその手を下ろす。
「いや、ありがと、危うくあんたに寝顔晒すとこだったわ」
そこまで嫌なのかよ。
犬のように首を振って、顔を隠しながら大きな欠伸をし、髪を整え、またテーブルに両手を乗せる。
涙を拭いたら、すべて元通り。
ついさっき叫び声が上がったはずだが、店員は顔を出す気配すらない。
逆に、この店の従業員に何かあったんじゃないかと心配になってくるが、とりあえず、そこはどうでもいい。
「ようするに、オーダーメイドなのよ」
「オーダーメイド」
「ちょっと違うかな、かならずしも、注文があったわけじゃないし。あれはね」
俺の飲みかけのコーヒーを一口に流し込み、姿勢を崩して。
しかし真剣そうに、どこか遠くを見て、野乃詩は言う。
「一冊一冊が、それぞれ別々の、たった一人の読み手のために、書かれてるのよ」




