続KONT編
七穂におはようのキスを済ませ、朝の支度をする。顔を洗い、歯を磨き。
制服に腕を通したところで、笑われた。
「ご主人さま、どちらへ行かれるおつもりですか」
「どちらって、学校だよ」
七穂は、着替え終わっていた。
寝間着ではなく、かといって制服でもない。
普段着だった。
ピンクのシャツに、白いカーディガン。
カレンダーを見る。
「休みか、今日」
ゴールデンウィークの真っただ中だった。
あの日、七穂の小説の最初のページをめくったあの日から、すでに二日が経っていた。
俺は一度も眠らず、太陽が昇って沈むのを2度もスルーしつつ、ぶっ続けでページをめくり通し、読み終えてしまった。
あの本。あの、物語と呼んでいいのかすら分からない、起承転結のはっきりしない、謎めいた。
しかし、やはり誰かの物語。
そういえば、タイトルはあるのだろうか。
なんていうんだろう。
疑問は尽きない。
ナナとシホという名の、双子の姉妹。
生き写しのように、七穂によく似た二人。
彼女たちの正体は?
聞けばいいのかもしれない。
全てを知る創造主が、あるいは本人曰く、あの世界の奴隷が、俺の目の前に居るのだから。
「聞きたい事があるんだ」
「はい、なんでしょう?」
とりあえず、呼びかけてみたものの。
何から、聞けば、いいのやら。
ふと、ある事を思いついた。
「神さまのことば」
それを口に出しても、七穂は表情を変えない。
穏やかに、ほんの少しだけにこやかに、ティーカップを傾けている。
「で、いいんだよな、タイトル、あの本の」
しばらく沈黙したのち、七穂の顔が、少しだけ曇る。
我慢できる程度かもしれない、しかし確かな、強い痛みを、彼女は抱えている。
そんな気がした。
「すこし、ちがいます、ね」
そっか、と、俺が呟いた後、再び長い沈黙が訪れる。
そして、俺は思い至る。
聞く必要など、あるのだろうか。
あの本について、色々疑問に思うことはある。
正直、気にはなる。
だが、おそらく、それを聞き出すことで、俺は多かれ少なかれ、彼女を傷つけてしまうような気がする。
聞かなくても、いいんじゃないだろうか。
それこそ、いつまでも、ずっと。
「なあ」
そうだ。
聞く必要などない。質問など、無意味だ。
「聞きたいのは、それだけだよ」
そして。
「でも、それだって、答えなくていい」
カップを皿に戻そうとする手を、空中で止めてしまうほど、彼女は驚いていた。
そして、俺を見つめる表情は、どんどん曇っていった。
苦笑いが、あまりにも苦そうで。見ていられない。
「いいえ、違います」
テーブルに戻された茶器の音が、随分うるさく感じた。
「もしタイトルを、つけるのなら、こうでしょうか」
神さまのことばの、そのつづき、です。
彼女はそう言った。
そして、何か考えをめぐらすように、唇をつまみ。
「いいえ、それとも、こうかもしれません」
タイトルが変更された。
神さまのことば“未満”です。
なんとも、気まぐれだ。
あの話は、中身だけじゃなく、タイトルまであやふやなものだった。
「むずかしいですね、ほんとうに」
またも、変更がかかった。
神さまの『冗談』です。
穏やかに笑いながら俯き、どこか他人事のように呟き。
祈るように手を組んで。
七穂は、目を閉じた。




