巡REIN水
でかい、立派なきのこ雲が膨らんでいく。
白黒の世界に、突如現れた炎。
世界の終わり。
終末時計の針がまた時を前に進めたのだと、小さなテレビ画面の中で、誰かが言った。
熱いのはそのせいだろうか。
いいや、テレビなんて見ている場合じゃない。
大事なものを持ち出さないと。
すべて、燃えてしまうじゃないか。
だが、なぜだか、足は動かない。
顔を叩き、グラスの水を頭からかぶると、体を動かそうという気持ちが僅かに湧いてくる。
まずは財布?
いやいや、そんなもの、燃やしちまおう。
それじゃあ、トロフィーか?
いらないよ、それも。
廊下に飾ってある絵画は?
また描かせればいいさ。
描いた奴は死んじまったが。
……大事なものって、なんだろう。
神さまに聞いてみようかな。
本棚に手を伸ばし、ページをめくる。
た す け て
ああ。
そうだな。
俺は書斎の戸を開ける。
煙が入り込んでくる。
濃密な、花のような香りがする。
庭が燃えているんだろう、きっと。
あの紫陽花や植物たちとも、さようならだ。
せき込みながら歩くと、シホが居た。
いや、ナナだっけ。どっちでもいいや。
ハダカで縛られている。
両目は真っ赤に腫れ、涙の跡が頬に筋を作っている。
俺はナイフで、彼女を縛る荷造りひもを切り裂いてやった。
ほら、逃げろよ
微動だにしない。
俺を見据え、少しだけ笑う。
お前は、生きるんだ、俺の奴隷だろ、命令だ
驚愕し、それから、睨みつける。
彼女を抱える。
玄関を目指して、歩き出す。
煙で、何も見えない。
あちこちで、何かが割れるような音がする。
あったかい。
家族のだんらんを思わせる、ぬくもりに満ちた家だ。
俺は、この家が好きだった。
大好きだった。
煙のない所までやってきた。
黒い、飾りの入った、鉄格子の扉。
その外へ、ナナを放り出す。
あはは、露出狂め。
笑ってやる。
あ、思い出した。
あったぞ、大事なもの。
ナナのカチューシャと、それから、あの狼の剥製だ。
持ってきてやらないと。
俺は来た道を引き返す。
後ろで呼ぶ声がする。
有慈くん 行かないで
ご主人さま、だろうが。
馬鹿め。
声を無視して、俺は進む。
煙の臭いを嗅ぎながら、進む。
雨が降り出している。
恐ろしく冷たい、雨が。
これはいけない、早く帰らなければ。
傘も持ってないし。
暖かい、我が家へ帰るのだ。
玄関の戸を開けると、オオカミが走り回って、俺を迎えてくれる。
キャンキャンと人懐こく、尻尾を振って。
今日は皆が、彼女の誕生日を祝ってくれる。
ナナは料理を作り。
ノノは楽器を弾いて。
俺は、シホにキスをする。
創さんも、珍しく、夕食に顔を出す。
ああ、こんな日々が、いつまでもいつまでも続くのなら、それはきっと。
その場所は。
天国なのだろう。
俺は顔を上げる。
両親が見えた。
手を振っている。
あの日、飛行機から見た光景だ。
季節はついに、夏を迎えた。
焼けるような熱さ。
俺はベッドに入り、目を閉じる。
そして、想像する。
明日も、あの双子の姉妹に。
おはようのキスを。




