普通
「すまん」
加瀬の両親は亡き人だった。
俺はそれを、加瀬の口から言わせた。
気まずい。不可抗力だったとして、しかし自業自得だ。
この空気をどうしよう。時間ばかり流れていく。
「あ、あの、わたしの両親が」
「あ、ああ」
「わたしの両親がなくなったので、わたしの良心もなくなりました」
え。
それは今しがた聞いたが?
まさか。
まさか、今の台詞は。
いや待て、そんな不謹慎かつオヤジギャグに等しい台詞を。
浮き世離れした印象があるにせよ、それでも女子高校生である彼女が。
「ひょっとして、いや間違ってたら申し訳ないんだが」
「はい?」
「今のって駄洒落か?」
「はい!」
にっこりと。
友達に向け笑いかけていた時の、普段の加瀬の笑顔が、そこにはあった。
「両親には少し申し訳ありませんが、なんだか、気まずい空気でしたので」
なんだ。
「ここは冗談のひとつでも、と。肩の力を抜いていただこうかと」
勇気なんかいらなかったかな。
「そう思って奮起しました。面白くありませんでしたか?」
「ぷっ」
自然に、笑いがこみ上げてきた。
「なんていうか、すまんが、イマイチだ、ギャグとしては……くっくく」
そうだ、駄洒落がおかしいんじゃない。
「そう言われるわりには、ウケてません?」
「あははは……はは、いや、加瀬の駄洒落にウケてるんじゃないぞ」
「でしょうね、我ながら、オヤジギャグだと思って後悔してます」
そう言いながら、彼女は小さく肩を揺らす。
さっきまでの緊張感が、そもそも、いろんな意味でおかしかったのだ。
加瀬は、俺が思うより、ずっと普通の女の子なのかもしれない。
「なあ、加瀬」
「はい、なんでしょう?」
「ラ-メンとか、好きか?」
口元は笑ったまま、左眉を少しだけ釣り上げ、加瀬は答える。
「味には、少々、うるさいですよ?」
「おう。不味かったら、俺の奢りだ」
◆◇◆
そうして。
俺の行き着けのラ-メン屋台に二人で向かう運びとなり。
夜道を行く間。
そして屋台に腰掛けラーメンを待つ間。
それを食べ終えた頃混乱に満ちた顔でこちらを見る彼女に「このあたりでも一番不味いって評判なんだぜ」とオチを明かし屋台を後にするまでの間。
実に、実にとりとめもない事を話した。
些細で、一見するとくだらない、だけど、妙に安心する……そんな会話を、俺たちは交わした。
俺は俺のくだらない部分を加瀬に教え。
加瀬は俺の質問に、すぐに返事をくれた。
たった2時間かそこいらで、俺は加瀬について、いくつかの事を知った。
ラ-メンは醤油が好きなこと。
フライドポテトにも醤油をかけること。
ぬいぐるみを抱かないと寝付けないこと。
ブラックコーヒーは苦手だけど濃い緑茶は大好きなこと。
アイスは小豆味一択! と、思っていたけれど最近はグレープ味に浮気していること。
って、ほとんど食い物の話かよ。
だが、まあ、そんなものが大事なんじゃないだろうか。
とにかく、俺は徹底的に、核心的な話を避けた。
同時に、会話を絶さないよう努めた。
それは加瀬にも伝わっている様子で、彼女は彼女なりに、やはり核心的な話は避けてくれた。
だけど。
いつまでもこのままって訳には、いかないよな。
そろそろ、本題に入らないと。
脇道に入った。
この通りは、人も車もほとんど通らない。
「なあ、加瀬」
「はい」
「理由を教えてくれよ。どうして」
一瞬言葉に詰まる。
いまだこの二文字は、口に出すのが躊躇われた。
「どうして、奴隷なんだ?」