合WINK図
シホの額におはようのキスを済ませると、彼女は背伸びして、今度は唇を押し付けた。
俺は身支度を整える。
食堂の真ん中に鎮座している、白いテーブルクロスのかかったあいつは、いかにも金持ちぶってて好きになれない。故に、朝食は自室で済ませた。昨夜こっそり買ってきたカップ焼きそばだ。正直、この家で出される病院食のような飯より……まあ、たまに食うぶんには美味い。
創さんが、暇そうにパイプから煙を吹いている。
「いってらっしゃい」
小さく、手を振ってくれた。
あの島から帰ってきてからというもの、俺の中には一種の、謙虚さにも似た気持ちが芽生えた。
あるいは、敬虔さとでも呼べばいいのだろうか。
だがしかし、俺は日常に返ってきた。
今日も今日とて、歩いて向かうのだ。
我らが、自由ヶ原高等学校。
その1年生が、我が家には居るのだ。
駅でノノとナナの二人と合流する。
「おはようございます、ノノちゃん、有慈さま、シホさん」
道行く生徒たちと、一人残らず皆と、明るく挨拶を交わすのだ。
「ははあ! 恐れ多くもお声がけいただき恐悦至極の極みにございます」
特殊な一家だからと、それっぽい挨拶をでっちあげる生徒もいる。
だが、まあ、それはそれで面白く、少なくとも気分が悪くなったりはしない。
ふと、ある生徒が気にかかった。
昨日の、例の、クソつまんない件の生徒だ。
彼は我々に向け、片目を一度だけ閉じ、それから微笑んだ。
キメえ。
いや、俺に向けたものでないことは分かる。
ホモホモしい意味合いでなかったとしても、やはりなんだか、気持ち悪い。
あのウインクは、我々の中の誰かに向けられたものだ。
誰に、だろうか。
◆◇◆
そして、家路に着くのだ。
3人並んで、歩くのだ。
家路を、みんなで、すすむのだ。
駅前に差し掛かったところで、ノノが足を止めた。
「それじゃあ、アタシはここで」
俺とシホは、小さく手を振る。
去り際に、なぜか寂しそうな表情を見せたノノ。
その理由を探るが、思い当たらない。
シホが頬に口づけ、俺の思考は途切れる。
「おいおい、みんな見てるって」
慌てながら周りをキョロキョロと見回す。
そんな俺に対して、シホは、片目を閉じてウィンクを送る。
そんなの知ってます、とでも言いたげだ。
今日はきっと、昨日よりもずっと、素晴らしい一日になる。
そんな気もするが、同時に、妙なさみしさがこみ上げてくる。
季節はもうすぐ、夏になる。




