快AMEN晴
ナナとシホにおはようのキスを済ませ。
ついでにノノに、お前もほしいか? と聞きシカトされ。
俺は身支度を整える。
食堂の真ん中に鎮座している、白いテーブルクロスのかかったあいつは、いかにも金持ちぶってて好きになれない。故に、朝食は自室にある、木彫りの小さな丸テーブルで済ませた。昨夜こっそり買ってきたコンビニのメキシカンなファストフードだ。正直、この家で出される病院食のような飯より二千倍は美味い。
昨日の夜は、珍しく心から美味そうだと思える食事が給ぜられたが、どういうわけか俺の食べる分は本当に存在しなかった。
良く晴れた空の下、創さんが、暇そうにリムジンを水洗いしている。
「いってらっしゃい!」
手を振ってくれた。
あの島から帰ってきてからというもの、俺の中には一種の、謙虚さにも似た気持ちが芽生えた。
あるいは、敬虔さとでも呼べばいいのだろうか。
俺はあの島で、神様に、出会ったような気がするのだ。
あの島に居る間中、途切れ途切れで滅茶苦茶だった俺の記憶は、きっと神さまのいたずらのせい、じゃないだろうか。なんだか宗教めいているが、しかし確かに、俺の身に起こった出来事だった。
ともかく、俺は日常に返ってきた。
今日も今日とて、歩いて向かうのだ。
我らが、自由ヶ原高等学校。
その1年生が、4人も、我が家には居るのだ。
「おはようございます、ナナちゃんノノちゃん、有慈さま、シホさん」
道行く生徒たちと、一人残らず皆と、明るく挨拶を交わすのだ。
「おはよーっす! 皆さん、ご機嫌麗しゅう! 本日はお日柄もよく!」
特殊な一家だからと、それっぽい挨拶をでっちあげる生徒もいる。
だが、まあ、それはそれで面白く、少なくとも気分が悪くなったりはしない。
今日はきっと、昨日よりもずっと、素晴らしい一日になる。
ふと、ある生徒が気にかかった。
俺は足を止め、声をかける。
「ちょっと、そこのキミ」
「ああん? 何スか?」
「それ、持ち込み禁止にしたはずだが」
我が家はこの学校へ多額の献金を収めている。
跡継ぎの長子ともなれば、校則をちゃちゃっと弄ることぐらい、わけが無いのだ。
しかし、妙に態度の悪い生徒だな。
態度だけじゃなく、目つきも悪いぞ。
その獣のように鋭い視線が、上から下へ、また上へと動く。
「それ、ってつまり、この本スか?」
『神さまのことば』
「そうだよ、その本!」
「いっすよ、別に。クソつまんないですし」
そう言い、彼は、その場に本を投げ捨てた。
おいおい、素行悪すぎだろ。
その場を走り去る不良生徒をしり目に、俺はかがみ込んで、ゴミ拾いを。
「いけません!」
ナナが、俺の行動を遮った。
「わたしが、捨てておきますから」
◆◇◆
そして、家路に着くのだ。
ふと、登校時の出来事を思い出す。
あの本が捨てられたあたりの地面を、目で追う。
焦げ跡を、見つけた。
ナナがやったのだろうか。
いくらなんでも、その場で焼却することないだろ。
どの道焼却炉へ運ばれる代物だったとはいえ。
まあ、それはもういい。
4人並んで、歩くのだ。
家路を、みんなで、すすむのだ。
駅前に差し掛かったところで、ノノが足を止めた。
「ナナちゃん、今日こそ、あたしの家」
ノノがそう言うと、シホが遮る。
「いつも泊めてもらってばかり、じゃないですか、悪いですよ」
「そうだぜ、たまにはうちに泊まってもらえよ」
「いや、あの昨日、泊めてもらったばっかりだから!」
「それじゃあ、来る? 有慈さまも、お・泊・ま・り・に」
俺は首を横に振る。
二人の愛の巣に首を突っ込むのは、さすがに気が引けた。
シホが、俺の手を取った。
「それじゃあ、今夜はお互い、二人きりですね」
ナナも、ノノの手を取った。
ノノは恥ずかし気に顔をそらす。
二人と別れ、家路を進む。
ぼんやりと、茜色の空を眺める。
気になったのは、シホの言葉。
二人きり?
なにか、忘れている気がする。
季節はもうすぐ、夏になる。




