家ROAD路
ナナとシホにおはようのキスを済ませ、俺は身支度を整える。
食堂の真ん中に鎮座している、白いテーブルクロスのかかったあいつは、いかにも金持ちぶってて好きになれない。故に、朝食は自室にある、木彫りの小さな丸テーブルで済ませた。昨夜こっそり買ってきたコンビニのカレーパンだ。正直、この家で出される病院食のような飯より百倍は美味い。
リムジンでの送迎も、毎朝断っているうちに、次第に声が掛からなくなった。
あの島から帰ってきてからというもの、俺の中には一種の、謙虚さにも似た気持ちが芽生えた。
あるいは、敬虔さとでも呼べばいいのだろうか。
俺はあの島で、神様に、出会ったような気がするのだ。
あの島に居る間中、途切れ途切れで滅茶苦茶だった俺の記憶は、きっと神さまのいたずらのせい、じゃないだろうか。なんだか宗教めいているが、しかし確かに、俺の身に起こった出来事だった。
ともかく、俺は日常に返ってきた。
今日も今日とて、歩いて向かうのだ。
我らが、自由ヶ原高等学校。
その1年生が、3人も、我が家には居るのだ。
3人仲良く、並んで向かうのだ。
途中の駅で、4人目と合流し、向かうのだ。
「おはようございます、皆さま!」
「おはよう、ナナちゃんノノちゃん、有慈さま、シホさん」
道行く生徒たちと、一人残らず皆と、明るく挨拶を交わすのだ。
今日はきっと、昨日よりもずっと、素晴らしい一日になる。
◆◇◆
そして、家路に着くのだ。
4人並んで、歩くのだ。
駅前に差し掛かったところで、ナナは足を止めた。
「わたし、今日はノノちゃんのとこ泊まるので」
「いつも泊めてもらってばかり、じゃないですか、悪いですよ」
「そうだぜ、たまにはうちに泊まってもらえよ」
シホと俺の提案で、二人はまた、俺たちに合流する。
4人並んで、歩くのだ。
季節はもうすぐ、夏になる。
「そういえば、さ」
今度はノノが足を止める。
「あたし、買ってきたんだ」
カバンの中から、一冊の本を取り出した。
黒い本。
黒一色の装丁に、白く縦書きで。
表題が記してある。
『神さまのことば』
それを見た瞬間、俺は固まった。
『辰巳有慈著』
体が震える。
血の気が引いて、なにも考えられなくなる。
蛇に睨まれたカエルのように、ただ怯え、立ち尽くすだけだ。
「うちに帰ったら、読もうと思って」
呼吸が荒くなり、それが落ち着いたかと思った、その矢先。
どうしてだ?
読まなきゃ、いけないのに。
あの島で神さまに出会って、そう決意した、はずなのに。
「やめろ」
自分で、自分の言葉に驚いた。
こんなドスの効いた声、出せるんだな。
「やめてくれよ、その本、見せるの」
ノノは顔を真っ青にしている。
場の空気が凍り付いたのが分かった。




