障STOP害
ベッドで目を覚ますと、決意は固まっていた。
昨夜に砂浜で、あるいは夢の中で見た、あの少女。
名前は思い出せない。
しかし。
俺にははっきりと理解できた。
書いたのは、彼女なのだ。
それが世界を救う物語なのかどうか、そんなのは知った事じゃあない。
どうでもいい。
重要なのは、俺が、それを、読まなければならないという事実だ。
帰ろう。
この身一つで良い。
荷物は全部、なぜか灰になっていた。
神さまの仕業だろうか。
俺はこの島にとどまっていればいい、という、天の思し召しだろうか。
だとしても、そんなの関係ねえ。
俺は、帰らなきゃならない。
あの家に。
「ううん……ミル……あたえ……にゃん」
ふと横を見ると、シホが居た。
「うああああああっ!!」
「きゃああっ!」
俺の絶叫に呼応して、彼女もまた、飛び起きる。
シーツを鎖骨のあたりまで持ち上げて、ぎゅっと握りしめている。
背中が露わだった。というか、背中のさらに下、臀部の二つのふくらみの上にも、布切れ一つない。
シホは裸のようだ。素っ裸。
「うわあああああっ!!」
「ちょ、ど、どうしたんですか! どうされました!?」
「か、帰らなきゃ! 帰るんだ!」
「き、帰国されるのですか?」
そうだ。
つまりそういう事だ。
俺はベッドから飛び出し、そして気づく。
俺は裸のようだ。素っ裸。
「うわあああああっ!!」
◆◇◆
冷静に考えてみれば、別におかしくはない。
シホは俺の許嫁だ。イイナズケと読む。
正式な入籍前には許しません! とどこかの誰かが怒鳴り散らしたって、良いとこの嬢ちゃん坊ちゃんだって、今の時代、若い男女が好き合っていればそりゃあそのうち一夜をベッドで明かすものだ。
記憶が無いこと、それだけが、心底悔やまれるが。
「じゃあ、本当に、俺は帰るから」
空港のロビーといえば聞こえはいいが、実際には田舎の役場のような狭くて埃っぽいその部屋で、俺は全員に別れを告げる。はっきり言ってしまえば、出国手続きをするためだけの掘立小屋だ。このちっぽけな、茶色い滑走路一本の空港に唯一存在する屋内空間だ。
みんな、大きな荷物を抱えている。
見送りに来たのかと思ったが。
「予定はすべて、キャンセルされるんですね」
「予定?」
「授賞式です!」
話が見えない。
首をかしげていると、シホは早口で説明してくれる。
この島で、俺の書いた事になっているあの本、『神さまのことば』に送られた、とある賞の授賞式が行われる予定だったんだそうな。
それはそれは名誉も格式も伝統もある賞で、世界各国の要人たちが参加するそうな。
「にわかには信じられない」
「わたしも、ですが、さすがに記憶が途切れ途切れにはなってません!」
この旅行は、その式典への参加と、世界中のファンとの交流を兼ねたものだったらしい。
二度目になるが、にわかには信じられない。俺が受けていい栄誉とは到底思えない。
「出るわけねえだろ、そんな式」
吐き捨てるように言って、俺は小走りにロビーを去ろうとする。
後ろから、ぞろぞろ、無数の足音が聞こえる。
「止めても無駄だからな! どんな障害が立ちはだかろうと俺は」
振り返ると、皆が俺に微笑みかける。
シホとナナ、ノノ、璃子さん、ツァウベル。
誰も、引き留めようとはしない。
意外なことに、ナナが、最初に口を開いた。
「帰りましょう、みんなで、一緒に!」




