良心
翌日の放課後。
昨日と全く同じ景色の中に、俺たちは佇んでいた。
窓から差す夕暮れの赤。
屋上へと繋がる施錠された扉。
加瀬を呼び止めるのは少々勇気が要った。
いや、少々なんてもんじゃなかったな……己を震い立たせる必要があった。
だが、俺はやり遂げた。
昨日彼女がそうしたように、俺は彼女に声をかけ、この場所へと連れてきた。
いやしかし、この程度で『やり遂げた』なんて感じてるようじゃ、先が思いやられるなあ……。
「加瀬」
「ひゃいっ!?」
二度目の言葉をかけるや否や、彼女は飛び上がらんばかりにびくついた。
目は踊り、歯がカチカチ音を立てている。
なんだってんだよ、一体。俺は化け物か何かか?
そりゃイケメンには遠いかも知れないが、さすがにエイリアン並みのクリーチャーではない筈だぞ。
ああ、そうか。
気がついた。
加瀬は、こう思ってる。
契約は既に成立しているのだ、と。
俺の放つ次の言葉が、自身の命運そのものなのだと。
いや、そんなに怖がるなら、最初からこんなこと始めるなよ。
「落ち着け。契約なんてしてないし、するつもりだってないよ」
それを聴き、ホッと胸を撫で下ろす加瀬。
いや、だから、そんなに怖がるなら最初から……
「お前をここに連れて来たのはな、まあなんだ、その」
こくこく、と頷く加瀬。
さっきも思ったが、小動物のようだ。
「話を、しようと思ってな」
「話……ですか」
「ああ。とりえず、言わせてもらうが、お前はおかしい、間違ってる」
言えた!
が……なんだか教師のような口ぶりになってしまった。
では、とりあえず落ち着ける体制で、とばかりに。
さっき昇りきった階段……というか、その手前の床へと、俺は腰を下ろす。
足を、階下へ放り投げるように伸ばして。
すると。
加瀬も俺の隣に、足をぴったりと揃え、腰掛けた。
体温を感じる……のはきっと気のせいだ。
俺は自分の心音を気にした。
「どう、間違っているのでしょう?」
「どうって、そりゃ、ああ、ええと」
情けないのは昨日と同じ。
ていうかいつもの事だ。
とりあえず思い付いた事いっちまえ。
「道徳的に、とか」
うん、説得力がない。
「そうですね、おっしゃる通り、とても不道徳です」
そりゃそうだ。
だから何だって話さ。小学生じゃないんだぞ。
よく考えろ、俺よ。
「わたしは、あなたを悪いことに巻き込んでいます、ごめんなさい」
「謝るなよ、ていうか、そうだ」
道徳つまり良心。良心といえば!
「ご両親! お前の親、悲しむぜ、こんな、お前がこんな事してるの知ったら、さ」
右隣を向くと、加瀬がいる。
どこか遠くを見ている様子だ。
ていうか、近いよ!
「両親は、なくなりました」
「え」
「死んで、しまいました」
ああ。
言わせてしまった。




