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俗POOR世

プールではしゃぐ少女たちと、お姉さん。

彼女らの声を聴きながら、ベッドに横たわり、時折頭をぶんぶんと振り回す。


何かがおかしい。

何かが。


俺にはやらなければならない事がある。

旅行なんてしている場合じゃない。

自分で行きたいと言い出したのかもしれないが。


そうだ、旅行なんて……


「きゃっ! ちょっとナナちゃん、ヘンなとこ触らないで!」


旅行なんて!


「ナナちゃん、ツンツンしてるように見えて、エッチなとこありますよね」


「ちょっと、シホちゃん人聞きの悪いこといわないでください!」


ああ。

駄目だ。

自分の恰好を見る。

バカンススタイルにジョブチェンジしたきりだった。

半裸だ。上裸だ。

まてよ。

彼女たちが半裸だったとしても、俺もまた半裸ならそれはつまり対等な立ち位置という事にならないか?

フェアなプレーが出来るはずだ。どこぞのプロ市民の如く男女平等を声高に叫びながら突撃すればきっと一人ぐらいは俺の考えを認めてくれるはずだ。


謎理論で頭をいっぱいにしたまま、フラフラとプールの方へ進む俺。


そして、青い光が、俺をやさしくやらしく迎え入れてくれる。


俺の顔を見るや、ナナは目を丸くして、咄嗟に両手で体を隠す。

自分の体じゃなく、シホの体を。

まあ確かに、一見ワンピースのようなナナの水着に対して、シホは意外と大胆な白のビキニだった。

同じ姿をしているなら、露出の多い方をガードする、という理屈か。

ノノは、短いパレオのついた、ピンクのセパレートだ。

着替えを覗いた俺が見たのって、結局、単に水着だったんじゃねーか。

色がぴったり同じだ。


などと考えていたら、頬に心地のいい痛みが走る。

ノノのパンチは効くなあ。

右ストレートを食らいながら、しかし衝突の揺り戻しで、彼女の上半身の二つの柔らかい部分が僅かに揺れるのを、俺は見逃さなかった。

しかし、この感覚、どこかで味わったような。


そうだ。

俺は以前にも、一度殴られた事がある。

思い出せ、あれは。

どこだった?


あれは。


ザバン。


冷や水をぶっかけられ、あとちょっとで何かを掴めそうだった俺の思考は中断した。

正確には、やや冷たい水の中に沈められたのだ。

ここはプールの底。

見上げると、ゆらゆら、水面が見える。

その向こうには、天の光。

光めがけて、コンクリートを蹴りつけた。

ぶはあ、空気がうまい。


「お前ら掃除はどうしたんだよ!」


「いいじゃないですか! 有慈さまだって遊ぶ気満々だったんでしょ!?」


「そうだぜ、硬い事いうなよ」


ボートに寝そべる璃子さんが口を挟んだ。


「大体璃子さん、あんたなんでこんなとこに居るんだ! 店はどうしたんですか!」


「店? んなもんとっくに潰れちまったよ」


「えっ」


俺は軽くショックを受ける。

なんてこった。あの一流の京懐石にも劣らない上品なスープは……もう飲めない!?


「冗談、冗談、休業中だよ」


なんだ、冗談かよ。


「いやそうじゃない、俺が聞きたいのはそっちじゃない、あんたさっき、なんて言った?」


「ん? 文学賞か」


そうだ、それだ。


「お前、賞取ったんだろ? めでたいなあ、作家先生じゃねえか」


作家?

文芸?

俺が、小説を書いた?


「そんなの、知りませんよ」


「書いてないのか?」


サングラスを外し、身を起こして不思議そうにこちらを見る璃子さん。

ああ、危険すぎる。見ちゃいけない所だけを隠されたら、最早何もかもすべてが見ちゃいけない所のように思えてくる。いや。

そうじゃない、惑わされるな俺よ、気にするべきは安直で本能的な興味じゃない。


「書いてません!」


「マジで!? 世間で話題になってるぜ」


「世間?」


「世間ていうか、世界だな、世界中で」


全く身に覚えが無いぞ。

そんなものを書いた覚えはない。

現国はどちらかと言えば苦手だ。正確に言うと校内偏差値が40を切っている。

校内、ってそういえば、俺は高校生だったはずだぞ。

国内で一時ブームになる一発ネタ的作品とかなら、まだしも、そんな、世界中で話題になるような真面目に出来のいい作品を書きあげられるのか。


「た……タイトルは?」


璃子さんはサングラスを戻し、両手を上げ首を振る。

やれやれお手上げだぜ、とでも言いたげだった。

横から、沈んだ言葉が差し込まれる。


「忘れちゃったの」


声の方を向くと、ナナが顔を引きつらせていた。

シホの方を向くと、彼女は目をそらし、うつむいた。

水面に突き刺さったように動かない俺を見下ろし、ナナが言う。


「ねえ、どうしたの!? ほんとに忘れちゃったんですか!?」


今にも、泣き出しそうだった


「神さまの、ことば!」

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