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書BOOK物

探し出さなければ。

いよいよもって、己の記憶が混乱に満ちている事に気が付いた俺は、その事実に身を震わせ、とある衝動に駆られた。

探し出さなければ。


書物だ。


俺が、俺自身に対して、今一番与えなければならないモノ。

もっとも欲するもの。


「璃子さんじゃありませんか!」


「おう、呼んでくれてありがとな」


シホが璃子さんを見つけたらしい。

だが今は彼女らを気にかけている場合じゃない。

リゾート気分に高揚したり、肉体労働でそれを萎えさせたり、している場合じゃあない。

ロビーに置きっぱなしだった荷物が、いつの間にか消えている事実に気がついた。


「びっくりしました、お一人で、もう、いらっしゃってたなんて、それに」


「このスタイル? シホちゃんも、どうよ、バカンスしよう!」


ノノに問いただす。

知らない、と言われた。


「い、いえ、わたしは、そのような格好は!」


「いいじゃんいいじゃん、ハメ外そうよ!」


ナナに尋ねてみる。

ハウスメイドのはずだが、やはり知らないらしい。

もう一人のお・世・話・係に聞いてみたらぁ? と、そっけなく答えが返ってくる。

声のする方へ、向かう。


「シホ! 俺の荷物……は……」


今まさに、シホは服を脱がされようとしていた。

黒のワンピースがしたからめくり上げられ、白い太ももが半分以上あらわになっている。

というか、その更に上にある白いナニかが……


「あ、ご主人さま」


俺は翻って彼女に背を向け、続きを言う。


「俺のにに、にもつは」


「はい、お部屋に運んでおきました」


声の様子からすると、シホは全く動じていない。

下着を見られたかもしれないってのに。


「すまん、なんていうか、着替えを覗くつもりじゃあ」


その先を言いよどんでいると、彼女は俺の言葉を遮った。


「いかがされました? いまさら、その、そこまで恥ずかしがらなくても」


いまさら?

その意味が気になったが、俺は気まずさゆえなのか、その場をさっさと去り、自分の部屋を探した。

廊下の壁紙やカーペットは南国風で、薄暗いけれど風通しがいい。

竹細工のような置物が点々と、壁に飾られている。

そのデザインは、どこか、おとぎ話や神話を連想させるものだった。


というか、部屋の番号を聞くのを忘れた。


俺はダッシュで道を引き返す。

そして、さっきの光景を思い返す。

……さすがに、もう着替えは終わってるだろう。

何に着替えているかは、置いといて。


プールに照り返した光がゆらゆらと揺れるのが見える。

もうすぐだ。

もうすぐ水着姿のシホが……いや違うぞ! 俺の目的はそっちじゃない!


「シホ! 俺の部屋番号……は……」


今まさに着替えている最中だった。

あの仲睦まじいオシドリ婦婦が。

ノノの白いワンピースの裾から、そしてナナの黒いワンピースの裾からも。

はっきりと、白っぽくも淡いパステルカラーの。

布が覗いている。

完全に、二人の下半身の形が分かった。


「ああ、すまん、着替え中だったか」


シホのように軽くスルーしてくれることを期待したが。

次の瞬間に聴こえたのは、二人分の悲鳴だった。


「あんたわざとでしょ! 変態って言われたいんでしょあたしに! 言わないわよ!」


妙にひねりの効いた罵倒がノノの方から飛んでくる。

ちなみに彼女はピンクだった。


「有慈さまのドクズ! 死ね!」


ド直球の罵倒というか殺意の言葉がナナからも飛んでくる。

ナナはグリーンだった。


これはまた、初々しいですね、と人ごとのように感想を呟くシホから部屋の番号を聞き出し、すぐにその場を離れる。

マンガのラッキースケベシーンのようにモノが投げ込まれる事はなかったが、代わりにいつまでもいつまでも罵声の言葉が壁を貫通して飛んできた。


それらをひらりとかわしつつ、俺は自室に辿り着いた。


大きなベッドのある、天井の高い部屋。

大きな窓からたっぷりと光を取り込んで、黄色い壁が光を放つ。


その片隅に、スーツケースを見つけた。


あった。

ここに、あるはずだ。

俺が探しているもの。

俺の、読まなければならないモノ。

俺自身の、正しい記憶が。


つまるところ、俺はいったい何者なのか、が。


ケースをゆっくりと、開いてみる。

中身は、ぎっしりと詰まっていた。

零れ落ちるほどに。

煙が立つほどに。


スーツケースの中一杯に。


灰が、あった。


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