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幕DOOR開

すっかり、このベッドの感触になじんでいる。

七穂は小さなランプを持ってきた。ベッドの頭に置き、スイッチを入れる。

橙色をした柔らかな明かりが、部屋を照らす。


「雰囲気って大事だもんな」


七穂は答えず、代わりに笑みを返してきた。

積み上げられた段ボールのひとつが開けられている。

中身は、紙束の山だった。

段ボール一杯分の、手製の本だ。

予想はしていたが……


「ずいぶんな量、書いたんだな」


七穂は答えない。今度は目配せすらしない。

静かに、微笑んでいるだけだ。

そして、一冊を見つけ、大事そうに胸に抱えながら。


「今後の事を、お話します」


「またもや、ルールがあるのか」


「はい」


彼女の話はこうだ。

今後は毎日、七穂の家で『あの世界』の事を読む。

読むあいだ、彼女は傍を離れない。

一日に一冊まで。必ず、日が暮れてから。

それが、物語の終わりまで、毎日ずっと続く。

そして。


「物語が終わるまで、ご主人様は、無制限に、好きなようにわたしに命令できます」


そんなバカな話があるかよ。

あまりにも不平等じゃないか。


……だが、彼女は本気なんだ。


さっさと終わらせよう。

可能な限り、短く。

そして、完全に読み終えるまで、できるだけ。


……守れるだろうか?

七穂を見つめた。


できるだけ、彼女と、口を利かないようにする。

それが、考え抜いたうえでの、対抗策だった。


ひざの上に、本が載せられた。

プリント用紙をホチキス止めして、テープでさらに束ねる、簡単な製本だ。

だが、紙は少しだけ、黄色がかっていた。

書かれてから、長い時間が経っているのだろう。

表題はない。


「タイトルは?」


「あとで、お伝えします、その前に」


声を低めて、七穂は言う。


「ページをめくる前に、聞いてほしい事が、あります」


正座し、両手を揃え、静かに語る七穂。


「人は、どうして、物語を読むと、思われますか」


妙な問いだった。

わからない。

面白いから?

日常が退屈だから?


「わたしは、こう思います」


両目を閉じ、微かに、笑みのようなものを浮かべて。


「みんな信じたいんです、自分には」


彼女の言葉に、耳を澄ませた。


「自分には、心が、あるのだと」


その言葉の意味も、これを読めば分かるのだろうか。

この手で、ゆっくり、表紙をなぞり。


「では、どうぞ」


ページに親指を掛ける。

刹那、記憶から、言葉がよみがえった。


お父さんもお母さんも。小学校、中学校、高校の友達も。学校の先生も。ネットの向こうの人たちもみんな。みんな、みんな。誰一人、最後まで読んではくれませんでした。


絶対、読まない方がいい。

まともに一生を送りたいなら。


ページをめくろうとする手が、震える。


めくれない。


自問する。


いいのか。


いいんだな、本当に?


おれは両目を閉じる。

開いた眼に、水滴が混じる。

冷や汗ってやつか、これは。


いいさ。

七穂の、願いなんだ。

これで、終わりにするんだ。


そして、そのページを。


ただ一度だけ、一枚だけ。

確かめるように、めくる。


飛び込んできたのは。

最初の一文だった。






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俺の耳がおかしいのだろうか。


ご都合主義な展開の漫画アニメゲームに子供のころから触れすぎて、遂に言語能力に致命的ダメージが入ってしまったのだろうか。たった二文字の言葉が、頭の中でリフレインし続ける。



〈奴隷〉




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