下校中の蛇
駅前の繁華街から少しばかり離れた、国道沿い。
団地がぽつりぽつりと並ぶ、やや閑散としたエリアに、その店はある。
暖簾をくぐると、へーらっしゃい、というやる気のない掛け声が聴こえる。
カウンターの向こうで包丁を叩く若い女性が、俺の方を見る。
「あ、ユージ」
「ども」
〈蛇野璃子〉
彼女が、事実上、この店の店主である。
本当は大学生らしいのだが。
バイトとして入った後、元のオーナーに腕を認められ、そのまま正式に雇われたらしい。
「璃子さん、相変わらず休学中っすか」
その後オーナーが体を壊し、彼女がほぼ一人でこの店を切り盛りする事になった。
恐らく、その理由は多分に彼女自身の善意というか、この店への愛着によるのだろう。
「どうかしてるよな、アタシ」
台拭きを放り投げ、鍋から引き上げた中華麺入りの網を振り回す。
「こんな店継いだってお先真っ暗な未来しか見えンのになあ……ん?」
璃子さんの視線が俺の背後に向けられた。
七穂が、恐る恐る入ってくる。
「……お邪魔します」
口をあんぐりと開け、七穂の顔を凝視する璃子さん。
「オイオイオイ、誰だよ、そこの美少女は」
「紹介します、俺の彼女です」
金属音の後に、定規を弾いたような音がする。
落ちた包丁が床に突き刺さったんじゃないだろうな……。
「あ、はい、はじめまして、加瀬七穂です」
俺は可能な限り、人生最高のドヤ顔を繕って、七穂の肩に手を回す。
が、すぐに昨日の放課後の出来事を思い出し、空しい限りだった。
「有慈くんと、お付き合いさせていただいています」
「嘘つくんじゃねえ! オタクで根暗で微妙に良いヤツでしかないお前が!」
それほど根暗なつもりもオタクなつもりもないのだが。
「こんな超絶可憐な薄倖美少女と付き合えるわけねーだろ!」
「は、はっこう……ですか?」
まあ、確かに見た目からも幸薄そうな感じはする。
ツッコむ必要なんてないぜ、と七穂の肩を叩き、カウンターに座らせた。
「ええ、まあ、美少女というのは、否定しませんが」
七穂の語調は、いたって穏やかで、さもそれが当たり前の……どうでもいい、取るに足らない事実だと述べるかのようだ。美人の自覚はあっても、それは七穂本人にとって、話の種、冗談のネタぐらいにしか、思えないのだろうか。
「変わりモンみてえだな……納得した」
変わりモンだから俺と付き合っているとでも言いたげだった。抗議の言葉が浮かぶが、これ以上詮索されて嘘がバレると色々面倒なので、本来の目的に集中する。
「マジで、ここは旨いぜ」
ラーメンといえば、油マシマシ。塩分てんこ盛り。化学調味料バンザイ。
というのが常識だが、ここは全く逆のベクトルの思想に裏付けられた、奇跡の一杯を提供している。
……というのが俺の推薦文だが、はたして、七穂の舌を唸らせることは出来るだろうか。
「お待ち」
カウンターの上に載せられた、二杯の丼ぶり。
湯気が沸き立つそれを下ろし、一つを七穂の前に。
「いただきます」
両手を合わせ、お辞儀をし、優雅な仕草で蓮華を回し、音もなくスープを口へ運ぶ。
七穂は、そのまま固まった。
「なあ、七穂」
「はい、なんでしょう」
「お前って泣き虫だよな」
彼女の泣き顔を見た回数を数えてみようかと、そんな無礼な考えが一瞬、頭をよぎる。
「やさしい、あじがします」
七穂の頬に触れ、涙を拭う。
味が変わっちまうぞ、と付け加えて。
璃子さんがヒューヒューと口笛を吹く。




