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未成年の癖

四杯目を飲み干し、茶菓子にしていた缶入りのクッキーもなくなりかけた頃。

俺は立ち上がる。


七穂もまた、立ち上がり、椅子を戻す。


「お待たせして、すみません」


「頼む」


七穂はその、か細い腕を、高く振りかぶり。

眉を吊り上げ、戸惑いながら吊り下げ、また吊り上げ。

振り下ろす。

風を切る音。

バチン。

良い音だ。

そして、良い痛みだ。


痛さのレベルで言えば、献血用の注射針で血を抜かれた時より、大分マシだ。

自然に、笑いがこみあげた。


「すげー気持ちいい、マゾっ気が目覚めそうなぐらい」


俺の頬に、再び七穂の手が触れた。

今度は、柔らかく、そっと。


「それは、それはとても困ります!」


七穂も、笑っていた。

だが、彼女が無理をしているのが分かった。


「なんでだよ、俺がドMだとなんか困るのか」


俺と七穂の関係について鑑みれば、逆よりは、マシなはずだろう。サディストなご主人様の下すであろう数々の鬼畜なご命令はどう考えても未成年に有害な事態しかもたらさない筈だ。


「いえ、そうではありませんが」


「ドSなご主人様が好みなの?」


違います!

とムキになってくれるのを期待した。

だが、俺の期待していた答えは返ってこない。

帰ってこないまま、十秒が過ぎ、二十秒が過ぎる。


「ち、ちがい……ます」


遅いよ! 声小さいよ!


……なんだか、知ってはいけない事を知ってしまった気がする。


お嬢様のイケない秘密を覗き見てしまった気がする。

ひょっとして、彼女が奴隷だのなんだの言いだしたのは。

俗っぽい意味での『性癖』ゆえ、だったりするのか。

それはそれですごいオチだが、色々とガッカリするぞ。


しかし、俺の興味は掻き立てられ、湧きあがり、立ち上る。


「なあ、七穂、命令だ」


「え、でも、さっきのは」


「残念やったなァ、茶あしばいとるうちに午前零時を回っとんのや」


「ひぁっ!」


いつの間にかヤクザ調の関西弁を喋っていた俺は、その場の思い付きで口を動かした。

七穂は怖がる素振りを見せつつ、ヒクヒクと顔を引きつらせつつ、少しだけ、若干、楽しそうだった。


「教えてもろか、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんの、二者択一のアレを」


「う、嘘ですよね、ご主人さま……?」


「お嬢ちゃん、エスか? それともエムなんか? はっきり、きっぱり、お天道様の下に晒してまえや」


まったく意味の分からない慣用句を並べたてる、似非関西弁の似非ヤクザがそこには居た。


「え、ええと、そうですね、あ」


「服のサイズだのスタバの好みだの聞いとるワケやないで」


ちっ、と舌打ちする音が聞こえた、のは気のせいだろうが、七穂のジト目はなかなかレアだぞ。


「性癖や! 正しい意味やない、性的嗜好の方の意味やで!」


なんか、ノリで喋ってるけど、冷静に考えると俺の方が恥ずかしいぞ。


「わかりました、観念します、白状、いたします……わたし」


「いうてまえや! ワイにコトバ攻めにされて嬉しゅうてしゃあないってな!」


拳を固く握り、それを胸に当て、熱でもあるんじゃないかというぐらい、顔を真っ赤にしながら。

七穂は、途切れ途切れに、かすれた声で、こう言い放つ。


「わたしは、どどちらかというと、ま……ままぞっけ、などといわれる、その、そういう、その気があるのだと、たぶん思います」


ああ。言わせてしまった。


……最高だぜ、俺の中に住む関西弁のあんちゃん!

これからもよろしくな! と、俺は似非関西弁を駆使するもう一人の俺と固く握手を交わす。


「正直にいいます、わたし、自分が奴隷という身分だと、そう考えると、ちょっとだけ」


「ああ、いや、もういいって、十分楽しかったから」


「ほんとに、ほんの少しだけ、ちょっぴり、こ、こう……」


「いやだから、良いんだって」


「あと、その、チョーカーを巻くときとか、ご主人様が命令してくださる時とか」


「いや、おい、もう良いって!」


七穂の顔はフニャフニャだった。

とろけてしまいそうだった。

にやけているのか、苦悶しているのか分からない。

強いて言うなら、その中間だ。

さっきまでの緊迫感はどこへやら。


彼女はそれきりしばらく、目を合わせてくれなかった。

多分、恥ずかしがっていたんだろう。

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