超音速の声
俺の目がおかしいのだろうか。
というか、彼女の目はおかしいのではないだろうか。
1フレーム――60分の1秒――が読める人間の存在なんてオカルト話としか思わなかったが、ひょっとしたら実在するのかもしれない。俺の隣りに。
「そういえば……運動神経よかったよな……スポーツ万能少女だったよな……」
実際には勉強も学年どころか校内でトップクラスだ。
「運動するのは、好きですが」
普段のおっとりとした佇まいを眺めていると、つい忘れてしまうのだが。
七穂は俺の仮想スクールカーストにおける、頂点のさらに上、天辺に位置する神の威光なのだ。
「そのように呼ばれると、気後れしてしまいます、わたしは万能ではありません!」
俺は七穂に敗北し続けた。
危険なスピード狂共の超音速レースでも、ファンシーかつサイケな色合いのパズルでも、殺意に満ちた刃の交わる血みどろの格闘でも。
ただの一度も、彼女から勝利の二文字を、王者の座を、勝ち取れなかった。
「なあ、今日の命令思いついたんだけど」
「はい、何なりと」
「敗北というものを知ってみるのも、それはそれでいい経験になると思うぜ」
「ええと、それはわたしに、ゲームで負けろと?」
「ただ一度、たったの一回でいいんだ、それ以上は望まないんだ、お願いしマス」
これほど情けないゲーマーが居るだろうか。
あ、また負けた。
「いや、やっぱり、もうやめよう」
ゲーム機の蓋を閉じる。
どっ、と疲れが押し寄せてくる。超えられないカベというものが世には存在するのだと、見せつけられた気がする。ベッドに仰向けに寝転ぶと、日が暮れ始めた事に気が付く。ゲームで一日を潰すのは、この間までごく当たり前の日常だったが。
七穂が傍に居る今は、少し勿体ない気もした。
「デートにでも行けばよかったかな」
振り返った七穂は、ひどく驚いていた。
身を起こし、俺は慣れない事を試みる。
作り笑いという奴だ。何でもない風を装って、笑う。
「俺とデートするとしたら、どこ行きたい?」
ぽかんと口を開けていた七穂は、やがて俯き、片手で自身の髪に触れた。
視線が定まらず、あきらかに動揺していた。
「いきたい場所は、ありますが」
しかし、すぐに顔をあげ、俺の作り笑いに応じるように、両目を細めた。
「今は、まだ駄目です」
立ち上がり、ぴんと伸びをして、それから肩を回す七穂。
美しかった。もっと見ていたい。
「すこし、疲れてしまいましたね」
「好きだ」
あれ。
つい、ついだ。
声が、口から洩れてしまった。零れ落ちてしまった。
落っことしてしまった。
落っことしてしまった、それは、かなり大事なものだった。
そして、取り返しのつかないものだ。
盆に返らぬ覆水を、しかし妙に落ち着き払って、眺めている俺が居た。
もう、後戻りできない。
でも、少しも苦しくない。
息を、ゆっくり、吸い込んだ。
「俺は七穂が好きだ」




