過去と縁故
ここで待つべきなのか。
あるいは、七穂を探してまわるべき、なのか。
カミウラは腹を括った様子で、座り込んだまま微動だにしない。
「あたしとナナちゃん、同じ中学だったんだ」
誰に言うでもない風だが、俺に話してるんだろう。
俺は興味がない風を装いつつ、今はそれどころじゃない、と足踏みしつつ、どうしていいか分からなくなった。
「あたしたち、文芸部員だったんだ」
文芸。
その言葉に反応して、俺の足は止まった。
「新人賞、目指してたの」
改めてまじまじと、カミウラを見る。
茶髪にジャージ。よく見たらピアスまで。
左耳だけに、だった。
やはりガチの人なのだろうか。
それはともかく、文学少女とか作家の卵のイメージとはかけ離れた出で立ちだ。
「なにみてんのよ」
いや、そうじゃない。
カミウラの見た目なんか気にしてどうする。
忘れていたわけじゃないが、七穂との契約は。
彼女の書いた、とある物語が前提なのだ。
そういえば、試用期間中ってその辺どうなってるんだろう。
……いや、そんなのは聞けばいいんだ、あの契約書を書いた本人に。
「そんなに気に入った? あたしの顔」
「いやなに、文学少女には見えんな、と思って」
ちっ、と舌打ちするカミウラ。
あはは、と、人を見かけで判断した事実を笑って誤魔化さんとする俺。
「そうね、でも確かに、そういうガラじゃなかったよ、もともとはね」
「七穂に影響されたのか」
「そんなとこ」
「なあ、七穂の書く話って」
聞くべきか?
いいのか?
自問しつつも、俺は言った。
「どんな物語なんだ」
いずれ向き合う事になる。
いつ知るかの問題でしか、ないんじゃないのか。
「はあ!?」
立ち上がり、声色を怖い色に染め上げるカミウラ。
「あんた彼氏なんでしょ? まだ読んでなくても、いつか読む事になる」
彼氏じゃないが、その通り。
誰一人として最後まで読めなかった物語を、俺は読まねばならない。
勿論それは、七穂を奴隷として扱いたいからじゃない。理由はむしろ、全く逆なんだ。
「あたしにネタバレさせる気なの!?」
声色が怖かろうが、ネタバレとかいう略語混じりでキレられても面白いだけだ。
ちっとも怖くない。
「それも、そうだな」
というか。
カミウラだって、『最後まで読めなかった』一人なんじゃないのか?
そんな疑問が浮かんだ直後。
カミウラは、ぽつりと呟くように言った。
「でも、忠告しとく」
にやけていた。悪巧みする子供のように、あるいは経験者ぶる大人のように。
「絶対、読まない方がいい」
にやけ顔はしかし、すぐに、かすかに恐怖を孕み、歪んだ笑いに変わった。
「まともに一生を送りたいなら」




