回線と開戦
「また、おうちにいらしてくださいね」
「ああ、必ず、約束するぜ」
「いつでも、お待ちしてます」
「えっと、お休み、七穂」
「あ、ああ、ええと、その、はい」
考えてみれば、本人の前で七穂という名を口に出したのは、これが初めてだ。
少し恥ずかし気に、しかし嬉しそうに微笑む七穂。
「おやすみなさい、ご主人さま」
隣を通り過ぎた生徒にクスクス笑われた気がする。が、気にならない、気にしない。
「あ、あの、今日の命令」
「おっと」
一日に3度も殺してやるとか言われたせいですっかり忘れていた。
それを告げる義務が、俺にはある。
「そうだな、しっかり飯くって寝て、明日も学校こいよ!」
「明日も、ですか」
「ああ、明日も、必ず、絶対」
「はい、かしこまりました」
手を振り、改札へ消えていく七穂。
そして俺は気付く。
明日は土曜日、学校は休みだ。
ああ、彼女に連絡する手段のひとつでも有れば。
七穂はスマホどころかケータイすら持っていないらしい。ノートPCは持ってるが、そもそも家にネット回線が来ていないという話だった。
まさか現代にそんな生活を強いられている女子高生がいるなんて。
待てよ。
俺が、なんとかしてやればいいんじゃ?
と、思い立ち、スマホを取り出すと、着信が一件あった。
加瀬創
今日、最初に俺を殺そうとした男であり、七穂の爺さんだ。俺は今朝の質問を思い出す。
『教えてください、七穂の両親の事を』
返ってきた答えはこうだ。
『なんで、どこの馬の骨ともわかんない君に?』
辛辣だが、まあその通りだった。あの人にとっての俺は、ある日突然孫娘の隣しかもベッドの上でご主人様をやっていたクソ野郎に他ならない。
だが、彼はそのクソ野郎と連絡先を交換するだけの器量のある人だった。何も教えてくれない事を恨んだりするのは、まあ筋違いというものだ。
うらみ、といえば。
ポケットから取り出した手紙を薄目で眺める。
『絶対に殺してやる』
本日、二度目と三度目に、俺を殺そうと……してはいないがそのまんま直球の脅しをかけてきた女がくれたラブレターです。
こんな物騒な手紙をよくもまあ直接手渡しできたもんだナァ。大した度胸だナァ。と、感慨に更ける。
あの女に心当たりはない。
だが動機は、なんとなく察しがつく。
道行く車の灯りがその手紙を裏から照らす。
あれ?
裏返してみる。
そこには定規で引かれた綺麗な直線。
矢印。「ここで待つ」とある。
地図のようだ。
おいおい。
絶対に殺してやると綴られた、その同じ紙に記してある場所へわざわざ出向く奴が居たら、そいつは救い難きアホだろ!
誰が行くかよ!
……と思いつつ、踵を返し、俺は歩きだすのだ。
アホだから、な。