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視線と危険

あの子が浴槽の中で体を動かすたび、キッチンにも水音が響く。

どんだけ壁薄いんだよ。

しかし、彼女と俺の立てるそれを除き、他には物音一つ聞こえてこない。一人暮らしなのだろうか。

少なくとも今日のところは、俺と加瀬は一つ屋根の下、二人きりらしい。

俺は意味もなくそわそわ体を動かし、立ち上がり、歩きまわる。


『お先にお風呂、いただいても、よろしいでしょうか』


いいぜ別に、と何の気なしに答えた、その質問の意味を今になって理解した。

というか、昼間学校で、家に連れて行けと言われた時の、あの彼女の動揺の意味も、俺は理解した。

本当に、いまさら。


男を家に上げる事の意味について、上げてもらう本人が一番無頓着だったわけだ。

考えてみれば、俺たちは高校生。これぐらいの歳では、男女の間には一定の暗黙のルールが発生することぐらい意識するべきだった。


「大人になるのってめんどくせー」


ぼやくと、大きな水飛沫と、次いで風呂場のガラス戸が開く音が聞こえた。


「なあ、やっぱり、泊めてもらうのは悪いし」


声が上ずってしまう。


「なにも悪い事なんか、ありません」


返事をする彼女の今の姿を想像しだす自分がいる。

そいつに暴行を加え、テーブルのお茶を一気飲みした。

脱衣場のカーテンが引かれる音がして、俺はそちらへ目をやる。

加瀬が頭だけを覗かせていた。


鎖骨と首筋。

細い二の腕や、肩。

濡れた髪。

目を反らせない。


「すみません、タオルを」


「あ、あああ、ああ」


慌てて周囲を見回すと、ピンクのバスタオルが床の上に畳んであった。そいつを取り、出来るだけ距離を取ったまま、彼女に手渡す。

すみません、と引っ込んだ加瀬は、しかしすぐに脱衣場から出てきた。

俺の渡したタオルを、それ一枚だけを、体に巻き付けて。


上気した体の曲線。

張り付いた髪と。

薄布一枚で覆われた、胸元の膨らみ。

外縁の形状が、はっきり、手に取るようにわかる。

括れと、その下の左右の骨盤が、艶かしく影を創る。

露になった白い太股に水滴が張り付いている。


やはりどうしても、目を奪われる。

吸い寄せられるように。

危険信号が点る。しかし目を反らせない。

手の筋肉が勝手に動く。押さえつける。


「あ、あんまり、見られてしまうと」


目を反らしたのは彼女の方だった。

目を伏せ、半開きの口を少しパクつかせている。

右手で、タオルの結び目をぎゅっと握りしめ、震えていた。


「灯りが、あかり、けし、消して、ください」


声は今までになく震える。


「ど、どういうつもりだよ!」


思いの外でかい声が出た。それに反応して半歩後退り、しかしすぐに俺を見据え、腰に両手の拳を当て前屈みになる加瀬。


「逆に、お伺いしたいです。どういうつもりで、わたしの家にいらしたのですか」


「た、単に、お前が心配だっただけだよ! 別にイヤらしい期待なんかこれっぽっちも」


それを聞き、呆けた顔を見せる加瀬。沈黙が場を支配する中、俺の視線は彼女の体とそれ以外のどうでもいいスポットを高速で行き来する。


「そう仰るわりに、チラチラとわたしを見ていらっしゃいますが」


「いや、仕方ないだろそんな格好されちゃ」


ため息をつき、次いで不思議そうに、小さく笑う。


「お風呂、冷めちゃいますよ」


「お、お前も、早くなんか着てこいよ」


「なにがお好みですか」


「なんでもいいよ! お前が好きなものを着ろ!」

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