食卓と黙々
近所のスーパーから戻り、改めて玄関を潜ると、最初の部屋にキッチンがあった。そのすぐ横に丸い大きなテーブル。濃い焦げ茶色の木製で、同じ色をした椅子が3つ、並んでいる。リビングというかダイニングというか、そんな感じの部屋だろうか。
オレンジの灯りが周囲を照らす中、俺は空腹と戦いながらさっさと調理を済ませる。焼き飯系に片寄った少ないレパートリーの中から、最も失敗する確率の低い奴を。
「できたぞ」
何の変哲も創意工夫もない、ただのチャーハンである。
「あ、こっちも、なんとか終わりました」
そして加瀬には味噌汁を作ってもらった。が。
なんとか、という物言いが気になるぞ。そんな、頑張る必要のあるものなのか……?
「これで、いいのでしょうか?」
お玉から小皿に写し啜ると、湯冷ましの風味が口一杯に広がる。こりゃあ心暖まる優しい温度だ。
ダシが入ってねえ!
「ああ、うん、美味いよ、仕上げは俺がやっとくから」
味にはうるさい、といつだか本人は言っていたが、自分で飯を拵えた経験はほとんど無さそうだ。
なんとなくそんな印象があったが、加瀬は、いわゆるお嬢様育ちなのだろうか。
この家からは、そんな印象はまったく受けはしないが……。
テーブルに並ぶ食器から湯気が立ち昇る。
俺たちは椅子を引き、いただきます、と声を揃える。
チャーハンの一口目を咀嚼する。うん、70点だな。
加瀬の反応を伺う。
がっついていた。
口いっぱいに頬張り、頬に米粒をくっつけて、ひたすらスプーンを往復させる彼女は、やはりどこか小動物のようだ。俺も負けじと空腹を満たすのに専念し、無言で食事は進み、あっという間に終わった。
「平らげちまったな」
返事が返ってこないので傍を見ると、加瀬は椅子の上で体育座りをしていた。顔をうずくめていて、表情が読めない。
「あまりに美味すぎて感動してる?」
意外や、こくこくと首を動かし頷いた。
「ええ……それは、もう」
少しだけ顔を上げ、赤くなった両目を俺の方に向ける加瀬。
「奴隷というのも、存外、悪くはありませんね」
震えながら、何度も俺に向け感謝を告げる。
いたたまれなくなる、という奴なのか。
俺はその場を離れたくなり、立ち上がった。
「こんなので良かったら、また作るよ。今日はもう帰るわ」
ごく近い場所に位置する玄関の引き戸に手をかけ、開け放ったところで。
加瀬は立ち上がって、こう言った。
「ダメです。帰らないで、ください」