亡骸
授業の終わりを告げる鐘が鳴ってもなお、俺は足下を見つめる事しかできなかった。
そのまま立ち上がり、校舎の方向へと、前も向かず歩き出す。
体の両脇を、青いジャージが追い抜く。
砂利の上に何かある。
俺は歩を止める。
鳥の亡骸だ。
ぼろぼろで、原型を止めておらず、雀か、燕か、種類もわからないそいつは。
あろうことか、俺に向かって語りかけてきた。
『気づいてるんだろ』
いや。
『気づいてるんだろ、なぜあの子は、屋上なんかにいたんだ?』
これは俺の声だ。
『彼女は奴隷に成りたがっているんじゃない』
そうだ。
『単に、もう生きていけないんだ』
それが。
加瀬のいうあの世界が、終わりを迎えようとしている、その理由だ。
『だけど、せめて死なないために、支えきれない自分の命を、誰かに託そうとした』
そして俺は。
『その願いを、拒絶した』
亡骸は笑っていた。
俺は膝をついた。
『アハハ、アハハ』
いやいや、そんなバカな。
俺の妄想だ。彼女が死のうとしてるとか、そんなのは。
『アハハ、アハハ』
彼女の両親だって、本当は十年も前に亡くなっていて、彼女はとっくにそれを乗り越えている、のかもしれない。
死ねるわけがない、あのフェンスを乗り越えるなんてできっこない。
両目を閉じ、耳を塞ぐ。
校庭の喧騒が消え、静寂が訪れる。
声も、消えた。
大丈夫だ、とりあえず、俺は大丈夫だ。
放課後になったら、彼女に会おう。
今度は、ちゃんとうまい方のラーメン屋にでも連れてってやろう。もっと話をしよう。また食い物の話だっていいさ。なんだっていい。そうすれば、俺の不安も妄想も、きれいさっぱり、消えてくれるさ。
手を下ろし、両目を開け、一歩を踏み出そうとする。
そのとき。
音がした。
何かが、はじけるような。
残響が校庭に響き、跡には静寂が残る。
生徒たちの絶叫が、後に続いた。