言葉
午後の最初の授業は体育だった。
が、当然、俺は体調不良で見学である。
いつもの場合、『なんとなーく(直射日光の当たるところが)熱っぽい気がするナァ』という程度の不調が、休みの決定した瞬間に全快する。が、今日の俺は本当にまいっていた。
不調なのは体じゃない。
木陰に腰を下ろし見上げると、屋上のフェンスが見えた。
自殺対策のためなのか、やたら背が高いうえ天辺に猿返しが設けられたフェンスの、その向こう側に。
白い格子に指をかけ、誰か立っている。
彼女だ。
こちらに気がついていない様子だった。
ぼうっと彼女を眺めていると、彼女と過ごしたほんの短い時間の出来事が、一つひとつ、時系列を無視して、記憶から再生される。
流れていく一瞬一瞬。彼女の言葉と、それに紐付いた俺の感情。
ふと、ある言葉が気になった。
彼女の手紙のなかにあった、あの一文。
『あの世界にも、寿命があり、死が訪れる事を。そしてその瞬間が、間近に迫っている事実を』
死。
なんで、こんな不吉な言葉が使われているんだろう。
そういえば、何度読んでもこの一文だけは意味がわからなかった。
まあ、そもそも全体的に抽象的だったから、なんとなく、漠然とイメージで分かればいいや、程度に考えていた。
ひょっとして、彼女は重たい病気を患っているのか。
だが、そんな様子は無かった。それにこうも言った。
『わたしは、このとおり、若くて、健康そのもの、ですから、だからだいじょうぶ』
何かがおかしい、何か見落とししている。
そんな気がした。
俺は消沈した心を蹴飛ばし頭を働かせる。
そして、今度は別の言葉を思い出す。
『お父さんもお母さんも。小学校、中学校、高校の友達も。学校の先生も。ネットの向こうの人たちもみんな。みんな、みんな。誰一人、最後まで読んではくれませんでした』
『わたしの両親がなくなったので、わたしの良心もなくなりました』
『わたしは、あなたを悪いことに巻き込んでいます、ごめんなさい』
そうだ。
加瀬の両親が死んだのは、つい最近なんだ。
だから、あんな自暴自棄なアイディアを、彼女は思い付いた。実行しようとすらした。
普通に考えれば分かる事じゃないか。
なんで、今まで気付かなかった。
たとえ、俺の勝手な想像だったとしても、あの手紙や、ついさっき本人から聴いた話の抽象的な概念よりも、もっとずっと説得力のある、納得のいく設明に思えた。
俺は思った。
彼女は、単に孤独なんじゃないか。
見上げると、加瀬はこちらを見ていた。
俺と目が合うと、彼女は微笑んで、手を振ってくれた。
それが、妙に不吉な予兆のように感じ、俺は目を反らした。