黒いミント ④
「あの…?」
「嵯峨一禾です。」
「弟の二巳です。」
“ 一禾って、女の子じゃない…? ”
そういう華の心の中。名前を見た時から嫌な予感はしていたが、的中か。
「そちらは…」
「西園寺桜雅でーす、初めまして。」
『華。』
逃げろ、逃げよう。
そんな言葉も届かないまま、華の裾を引っ張る。
「君の名前は?」
「黒沢華です。」
そう言った瞬間、全員の表情が変わった。
ここにいてはまずい。私だけではなく、華も思っただろう。
獲物を見つけた、そんな目だった。
『華、行くぞ。早くしないと、来る。』
きっと、何が来るかはわかってないだろう。でも、大体はわかってるはず。
少しでもいい、察しろ、華。
「ごめんなさい、この後私バイト入ってるんです。なので、ここで失礼します。」
華は、なるべく怪しまれないように、嘘をついて避けて行く。
私はそんな華を追いかけて、その場を後にした。
「あの子が、黒沢華ちゃん?」
「そうみたい。」
「甘くていい香り。なんか、襲いたくなるね?」
「やめとけ、桜雅。」
そんな会話が行われていることも知らずに。
『華、無事か。』
「…うん。」
少し顔が引きつっているのもわかっているのに、私は鳥居小路 翼から手を引け、とは言えないんだ。
「こんにちは。」
「楓ちゃん…。」
いつも、ここぞというタイミングでこの子は現れる。
まるで、全てを見透かしているように。
『最近見なかった顔だな。』
「はい、受験だったので。」
楓がそう言いながら出してきたのは、ある封筒。
「これ、報告したくて。」
華はそれを受け取り、静かに中身を見た。
私はその姿を横目に、楓の頭を撫でた。
その封筒に入っていたのは、「合格通知書」。
『楓、お疲れ様。』
「はい。」