親としての義務 ⑥
一瞬にして人が変わった瞬間だった。その一言で、その場にいた誰もが動くことをやめた。
息を吸う音、吐く音と、時計のカチカチ、という音のみが部屋に響いていた。
『…大丈夫か、華。』
「会ったら終わる話じゃないか!お前は、会って、一緒に暮らせばいい話なんだよ!」
『お前…』
私の中で何かがプツンと切れた。あまりにも言い方、というものがあるんじゃないだろうか。
会ったら終わる。一緒に暮らしたら、その一瞬だけじゃない。一緒にいる間はずっと我慢しなくてはならない。
「だから、会いに行こうって!」
「私は会わないし、一緒に暮らす気もない!」
「人が優しく言ってやってる間に聞いとけばいいものを…」
私の中で何かが “ やばい ” と叫んだ。
こいつに、彼に、何があったと言うのか。華と離れて過ごした11年間は、謎に包まれている。
「私は会いたくないの!」
華はその一点張りで、それ以外は口に出さない。私もそれには薄々気づいてはいた。でも、華にも考えがあるのだろう。
『華、何をしてでもやつを家から追い出せ。』
今はそれが一番の策だ。
「…話は、それだけ?」
「上から目線で物を言いやがって…」
「終わってるなら、帰って。」
私が知っている以上に、華の意思は強く、誰も止められない。それは、この私でも。
人が変わっている彼を、このまま家に置いておくのは危険。
「お願い…、帰って…。」
「また、来るから…」
華の静かな祈りは届いたらしい。
ガタガタ音を立てて出ていった彼は、ある物を落として、私たちの元から消えていった。
『こんなもの…。』
「龍さん、華ちゃんは…」
「すまない、会わないと言い張ってて…」
「そんな…」
どうしても会わせなきゃいけない。華を彼女に。
どうしたら会ってくれるんだい、華。
普通に考えて、母親を拒む娘なんているんだろうか。
「早く…、私は会いたい…な。」
「すぐ会わせてあげるから、綾芽。」
早く、華を。君に会わせてあげるから。早く、はやく。
親とは。娘とは。正直わからない。ただそういう関係だけで縛られている。いなくなっても、家族は家族であって、何ができるのか。何が幸せなのか。お互いに何が必要なのか。
ゴーストアビリティーである前に、一人の人間なんです。
普通の人間と同じように、過去に傷を抱えている一人の生者。
だから、お願いだから。
“ もう二度と私の前に現れないで。 ”