目的 ③
『紫さん、とうとう帰ってきたようですね。』
「今さら、何の用なのかしらね。」
『華ちゃんは、渡してはいけませんよ。』
何を考えているかなんて、正直わかってない。でも、今ここに帰ってくるということは、それなりの覚悟をして来たということ。
『覚悟、してるのでしょうか。』
「きっと、してないでしょうね。後先考えずにここへやって来たのだから。」
いいタイミングで鳴るピンポン。今までにないほど長く、音が響いていた。
…気がする。
「…、お入りなさい。」
「失礼します。」
『やっぱり…。』
案内した部屋で礼儀正しく、畳に座っている。
私は、静かに合図を出して、お手伝いの方にお茶を出すように伝えた。
その間に流れる沈黙は、あまりにも地獄のようだった。誰も喋らず、息を吸う音と吐く音、喉を鳴らす音だけが響く。
全てを吸収して行く壁に、その音がどんどん吸い込まれていった。
すぐにガタガタと襖が開く音が聞こえて、目の前にお茶とお茶菓子が置かれていった。
結局、来るまでは何も喋らなくて、私も苛立ちを隠せないでいる。
「何をしに来たんですか、龍さん。」
彼は実の華ちゃんの父親で。
今さら、何をしに来たのか。
『ずっと黙ってますね。』
「…お久しぶりです、お義母さん。」
「あなたに “ お義母さん ” と言われたくありません。」
やっと口を開いたと思えば、そんなことばかり。あなたは、それを言いに私の元まで来たの。
一つ一つの言動が、全て私の癪に触る。
「僕、黒沢家から身を引こうと思って。」
『…あら。』
身を引こうと “ 思って ” なの。
私はもうとっくのとっくに、黒沢家の人間から赤の他人になったのかと思ってた。
何を思ったのか、彼はカバンの中から一枚の紙が出てくる。
「僕、結婚しようと思って。」
『結婚…?』
その紙をじっくりと見ると、彼の名前と、見知らぬ…
「鳥居小路…?」
「はい。」
なんで、その家と関わりを…?
「新しい生活を始めるんです。」
『何が…、要望なんでしょうか…。』
「何が、要望なの?」
私がそう言うと、彼は真っ直ぐこっちを見つめていた。
しばらくして、彼が口元を緩ませたのを確認すると、こう言うんだ。
「華を、連れ戻しに来ました。」