表情の裏 ②
『華さん!』
その声で現実へと引き戻された。
なぜか頬が濡れていて、視界は濁っていた。
『なんで、泣いてるんですか…?』
優しく問いかけてくる。ひなたは、ひなたならきっと、黙ってティッシュ箱を頭に乗せてくる。
あかねさんくらいだ、慰めてくれようとするのは。
『このまま泣いてたら…、目、腫れますよ…。』
そっと私の背中をさすってくれる。
その優しさを、母の温もりと勘違いして、まだ味わいたかった、なんて思ってしまうんだ。
なんで今になって、私はフラッシュバックを起こしたんだろう。なんで泣いてるの。
私の感情は明らかに迷子だ。
たった一瞬のフラッシュバック。それなのに、こんなにも私の感情を揺さぶるなんて。
私はそのまま安心して、目を瞑った。
起きる時間になって、目を開けて見えた景色は、人がたくさんいる、ということ。
いつもの状況。私が叶えられる願いは生者だけなのに。どうして、私が引き寄せるのは、死者ばかりなのだろう。
『華ちゃんが起きた!』
「え、」
『どうか私の願いを!』
足をすぐに見る。
あー、透けてる。死んでる人。それなのに、私に触れる。
不思議な人、そう思いながら謝った。
「ごめんなさい、叶えられないんです。」
そういうことしか出来ない。
ここで叶えてしまったら、ひなたと会えなくなる。それだけは、どうしても避けたいから。
『どうして…っ、』
「あなたたち、みっともないわよ。」
「あなたは…?」
『え、』
あかねさんは、それを見て静かに表情を変えた。まるで、安心したように、彼女を見ていた。
『なんで…っ、』
「そんなの関係ないわ。華ちゃん、困ってるから。」
そう言って、私の腕を引いて抱きしめてくる。
ほのかに香るフローラル。いい大人の女性という印象で。
美人さんだなぁ、なんて心の中で思ってしまう。
「もういいわよ。」
「あ…、ありがとうございます…。」
にこっと笑いながら、そんなこと言ってくれるから、どこかお姉さんって感じがする。
『…大丈夫ですか、華さん。』
「はい…。」
「ああいうものには気をつけた方がいいわ。」
「あの、一つ聞いてもいいですか。」
“ どうして、あなたはここにいるんですか。 ”
目を開けたら人がいて、気づいたらこの人はここにいた。
名前も知らないのに、この人は知ってる。
どこか、違和感。
「私の名前は望月紅葉。あなたに依頼しに来たの。」
「依頼…?」
「でも、今日はやめておくわ。また来るわね。」
それだけ言って、部屋を出て行ってしまう。
残るフローラルの甘い香りと、どこか混じるゆずの香り。そして、ふわっと柑橘の匂い。
いろんなものが混じって、変な感じ。
私は思わず、その場に立ち尽くした。