生きる価値 ①
『黒沢華とは順調です。』
「そうか、この後は…」
そう。私は彼の言葉だけを信じていくの。それだけで、私が存在する意味がある。
『私は、この後…?』
「そのまま指示を待て。」
私の全てはあなたの物です。翡翠様______。
8月。そこそこ暑く、熱中症に注意しながら生きてる私。
8月になれば、お盆が近づくため、今まで以上にお客は増える。でもそれは、私の精神的死を表すわけで、お盆が過ぎれば、私は死んだように眠る。
「まるで、眠り姫のように。」
「へ、」
「夏休みですね。私は大好きです、華さんに会えるし。」
相変わらずのデレ具合。いつもはツンの要素の方が多めなのに。
夏を目の前にすれば、全てが変わる。それは、こういうことなのだろうか。
「眠り姫になる前に、華さんと思い出作っとこうと思って。」
私には予定が…、という声も今の彼女には届いてすらくれない。
それだけ信頼されている、ということに関しては光栄なことだが。
「お友達と遊ばないで、ここにいていいの?」
「はい。華さんといた方が楽なので。」
本当にいい子だよな、この子。
どれだけ色んな人の感情を目の当たりにしようと、この子は絶対に動じない。
冷静にその現場を見てるんだ。
私の、尊敬すべきところだと思う。
『華さん、今日のお仕事は…』
「まだ、いたんですね。」
まるで嫌味を言うように、楓ちゃんはあかねさんの目を見て、言うんだ。
私は一瞬その現場に驚きを隠せないでいるが、すぐに気を戻して、あかねさんを見る。
『当たり前じゃないですか。パートナーなんで。』
(仮)の。実際のパートナーはあなたじゃなくて、ひなた。あかねさんはひなたの代わり。
私はそう思ってる。
「華さん。」
「来ますね。」
何が来るか、それは私にもわからない。
でも…
『いらっしゃい。』
「こんにちわ…」
お盆時期ならではのお客様。あかねさん曰く、私たちの神様、ですね。
「お茶、どうぞ。」
「…ありがとうございます。」
彼女は着物を着ていた。きっと、“ そういうこと ” だ。
「お名前、お聞きしても?」
「近藤、礼子です。」
楓ちゃんも私も、誰もが息を吸い込み、喉を鳴らした。
近藤礼子さん。およそ3ヶ月前、電車の脱線事故で亡くなった一人。
この事故は、死者63人、意識不明の重体2人を出した、大事故となった。
私は、この人の願いを叶えてはいけない。
「願いは…」
「夫に、会いたいんです。」
旦那さん。事故のインタビューを受けていた気がする。
でも、これは聞き入れちゃいけない。
『華さん。』
「…ごめんなさい。その願いを叶えてあげることは…」
「無理、なんてことはないでしょ!? だって私は…!」
「あなたは、3ヶ月前、亡くなってるんです。」
精一杯の力を込めて伝えたんだ、私は。酷なことを。
たまーにいる。自分が死んだことを受け入れられず、ずっとこっちの世界に彷徨い続け、普通の人間と同じ生活をする。
誰もが同じことを言うんだ。「死んでない」って。
「私は死んでなんか…!」
「じゃあ!その着物はあなたの、ということでよろしいですか?」
「こんな着物、うちにはないわよ!」
死後の世界は、着物が義務付けられている。ただ、最初の一年のみ。
私は、それで見分けていたりする。あとは…
「足が、透けてるんです。」
何も言えなくなった近藤さん。悔しさが全てから溢れていて、一気に滲み出る負のオーラ。
「ごめんなさい…、」
彼女はそう一言、いなくなった。煙のように姿を消して、少し残っているお茶のカップと、娘さんと旦那さんと思われる、3人で写っている写真が残された。
「この写真…」
「楓ちゃん、触れないで。」
私は手袋をはめて、その写真をポリ袋にいれる。
幸せそうに笑う彼女と、恥ずかしそうに目をそらす旦那さん。
きっと娘さんは、彼女似なのね、なんて。
分かりたくもないことを分かってしまう。
会いたいって、望んでるんです。来てあげてくれませんか______。
母がいなくなったのは突然だった。あまりにも突然すぎて、私は、電車が乗れなくなった。
「大丈夫だよ、優里。お母さんなら…」
一気に父子家庭となったうちは、少しの間何もできなくなった。
急に光をなくすとは、こういうことなんだって実感する。
「優里、今日ご飯何がいい?」
「…なんでもいい。」
母がいなくて、どうすればいいのかもわからなくて、父に当たることしかできなくなった私は、夜通し遊ぶことが増えた。
「優里!」
「もう…、ほっといてよ…」
涙なんてすぐ枯れる。私はどんどん表情を失った。
そんな時に見つけたあるサイト。
“ 亡くなった人との会話をあなたへ ” …?
これだったらもう一回、母と。
私は会いに行くことを決意した。
「お父さん、お母さんに会いに行こう?」
もう少しだけ待ってて。会いに行くから。