黒い影 ⑤
『澄良。』
彼は、私の姿を見るなり、そう呼んだ。久しぶりに聞いたその声と、見たその姿。
私は涙が溢れそうになる。
『なんで泣きそうになってるの。澄良。』
「別に…、泣きそうには…」
『ほんとにごめんな、澄良。』
「どうして…」
謝ることしかしない。でもその言葉が私の胸を刺してくる。決してとれない、ナイフのような刃物。
結局涙は綺麗に溢れていって。
『あの日、目の前に小さな子供がいたんだ。男の子。』
「まさか…」
『お母さんたちは既に渡り終わってて。電車もすぐにそばにいた。』
「そんなこと…」
『あるんだよ、澄良。小さな子供の命の方が大事だろ。』
言ってることは正論。当たり前のことなのに、私は心が痛い。
子供の未来は大人が。そうやって子供を守る日本に住んでいる私たちは、それに従わないと生きていけない。
子供が大切。それはわかるんだ。私もきっと母親になれば、もっと重要性がわかってくる。
でも、どうしてなの。どうして、政義だったの…。
他の人もいたのに。なんで…。
『あの男の子、無事だったって聞いたよ、』
結果なんて聞いてない。無事だったっていうのは、とっくのとっくに知ってた事実。
今、ものすごくあの男の子に殺意が芽生える。
『澄良は最近何してた?』
何してた?なんて、酷なことを聞くのね、あなたは。
私は学生時代からラクロスをやって来た。それは今も続けてて。
でも、政義がいなくなってから、まともにできなくなってたの。
『部、続けてるの?』
「…一応ね。」
そう、一応。私は今でも所属してる。暇な時に、時間が空けば顔を出すようにはしてるし。
でも、実際に動くことはできないのよ。あなたの顔がずっと浮かんでくるから。
『あー、俺もまだやりたかったわー。』
「じゃあ死ぬなよ…!」
『あはは、それね。』
私と彼はラクロスで出会った。お互い選手として活動してて。
笑いながら返してくるから、昔に戻ったみたいでなおさら、涙が出てくる。
『澄良。俺、澄良がいないとダメだな。』
「うん…、私もだよ…。」
『だからさ…、俺のとこ来てよ。』