ラベンダーの香り ③
意外とすんなり個人情報は集まったのにも関わらず、あまり許可が出なかったのは、桔花さんの方だった。
「交渉、できてない…?」
『全然乗り気じゃなくてですね…』
「双子の兄である隼人さんが、って言った?」
『もちろん、言いました!』
嘘、なのか本当、なのかわからない。
私は彼女を見る目がすっかり変わってしまった。あの日から彼女が私から離れることも多くなり、私はもちろんそれには触れなかった。
でも、今回ばかりは困る。しっかりと仕事はしてもらわないと。
「このままじゃ…」
『でも!出ないんですもの!桔花さんが!』
言葉をかぶせて、ゆるーく、かるーく、そんなこと言うから。
私もそろそろ限界が…
『限界が来ても、しょうがないですよね?こればかりは、本人の意思じゃないですか。』
にっこり笑ってそんなこと言うから。どこか恐怖を覚えつつ、私は何も言えなくなる。
そんな時、
「あなた、何を言ってるの。交渉すらしてないじゃないの。」
「え、」
『仕事放棄するなんて、いい度胸じゃない?』
その声の主を見れば、祖母と美奈子さん。今の私にとっては唯一の救い。
『私は、仕事放棄なんて…。』
「その口を一回閉じなさい。」
祖母が指を一回鳴らせば、口が閉じて開けないあかねさん。
『華ちゃん、怖いでしょう?紫さん。』
「あなたも一回閉じましょうか?」
『ごめんなさいね、紫さん。』
この状況もうまく飲み込めてないけど、2人が来てくれて、とりあえず助かった。それだけは言える。
「あ、あの…」
「華ちゃん。坂口桔花さんには、こちらが交渉しに行ったわ。」
「え、」
『それで発覚したのよ、あの子が行ってないって。』
様々な感情が交差していく。
信じていた分、裏切られていく感情、早くひなたに戻って来てほしい、なんて。
「華ちゃん、あなたは甘いのよ。もう少し厳しくしなさい。そして、人を見る目がなさすぎる。」
『紫さん、』
「でも、私は…っ、」
「口答え、するつもり?」
何も言えない。
今回の件は私が悪かった、ただそれだけ。それを認めてしまえば、何も起きないし、誰も悪くない。
早く連絡を入れなくては。
「…お手数をおかけしました。」
『待ち合わせ場所はパトリック教会。午後11時よ。』
「ありがとうございました…。」
帰り際に指を鳴らし、あかねさんの口元を戻していく。
私も私でメンタルをやられすぎて、何も考えられない。
姿が見えなくなると、安心したのか膝から落ちて行った。
『華さん、ごめんなさい…。』
「…たまには休みたくもなるよね。わかるよ、その気持ち。」
だから責められないの。私もそうだから。
こういう時ほど母に会いたくなるのよね、不思議と。でも、もう会えない。…いないから。
『すみませんでした…。』
謝る時間があるなら、突っ立っている時間があるなら。もっと他にやることあるでしょ。
…なんて、思えるはずもなく。
ただただ凍りついた空気の中、息を吸っていた。
楓ちゃんが見ているとも知らずに。