罪 ⑤
「…ん?どうした?」
『別に』
「もう何?」
笑いながらそういう華を見つめながら、私も少しだけ、ほんの少しだけ口元を緩めた。
私は時計の針がカチカチと動く音を聞きながら、また視線を窓の外に戻す。ある自分が私の目に入って、私は思わず血の気が引いた。
「ひなた?」
『華、今日の夜ご飯は何だ?』
「何が食べたい?」
ニコニコしながら楽しそうに話す華の声を聞きながら、私はそいつから目が離せなかった。
『…肉じゃが』
「肉じゃがね!材料買ってこなきゃいけないや」
『…準備してこい』
今だけでも出て行ってくれればいい。このままでは華にまで危害が出る。悔いのないようにしなさい、その言葉はこういうことなのか。
私の背筋が凍っていくのを感じる。
「じゃあひなた、留守番任せたよ!」
『ああ、行ってらっしゃい』
少しの時間稼ぎ。華がいないうちに。そう考えている私の全てを知っているように、後ろから声がかかる。
「黒沢華を逃がして」
『お前…』
紛れもないあいつだった。何も変わらないその姿。その瞳は完ぺきに黒に染まって、もう逃げられなくなっていた。
あの場所から、あの世界から、過去の自分から。
「何しに来たの、とでも言いたげだね」
『ああ、思っている』
何か危険なことが起こる。誰も死なせてはいけない。
あの紫さんの言葉は、このことだったのか。こいつが、翡翠が私のもとにやって来るから。
華が、楓が、ここにいなくてよかった。犠牲は私一人で十分。そう感じて。
「黒沢華に話があったのに」
『よくも敵陣地に入ってこれたものだ』
「だって、僕たち家族じゃん?ひーちゃん」
『その名で私を呼ぶな!』
ひーちゃん。
頭の中に出て来たあの悪夢の延長戦。幼かったあいつが、こかげが今目の前にいる。私を殺したあいつが。敵と化したこかげが、睨みつけるような目つきで私を見つめる。
私が最後に見たあの景色のようだ。